ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
■慎太郎Side

『現在この電話番号は電波が届かない場所にあるか、電源が切られているため繋がりません』

 何十回目のコールも空振りに終わり、時刻は深夜十二時を回ろうとしていた。桜が病室に戻った報せも届かず、白い息を撒き散らす。

 ラウンジで気分が悪くなった伊集院婦人を介抱した後、桜を探しに街へ出た。しかし、行方は未だ掴めていない。
 マネージャーは業務時間外だと捜索に協力せず、彼女を匿っている気配も感じなかった。

 この寒空の下、一人で泣いていると思うと胸が締め付けられる。ヴァイオリンを久し振りに奏でた桜は興奮状態となり、事の経緯を曲解してしまい、伊集院への援助要請が俺の保身と受け取った。

 これまでの見合い相手を言い方は悪いが買収してきた桜にとって、財産目当てに映る行動はどんな裏切りとなるのか察して余る。

 とにかく早く誤解を解かなければーー。

 べりが丘駅に彼女の姿はない。パスポートはまだ病室にあるだろうから出国してはいないだろう。土地勘がなさそうなので、ドレス姿でそれほど遠く行けないはず。

「慎太郎! 桜ちゃん、居たか?」

「いえ、こちらには。あの、先輩は明日も早いしーー」

「遠慮するな、馬鹿! 人ひとりの命が掛かってるんだろ?」

 先輩はトラブルを聞きつけ、桜の捜索を手伝ってくれる。伊集院さんが婦人に付き添い、身動きが取れない中、先輩の助力は非常に頼もしい。

「駅も駄目、公園にも居ない。なら何処に? 桜ちゃんはこっちに友達はいる?」

「アメリカの学校に通っていたみたいで、日本に親しい友人はいないと思います」

「エミリーは本当に桜ちゃんを匿ってないんだな?」

「はい、桜は彼女に俺がラウンジで伊集院夫妻と会うと聞いたと。俺達を揉めさせたかったんです」

「揉めさせて、自分のところに戻ってくるよう仕向けたんじゃないのか?」

「……これは勘ですが、マネージャーの彼女は桜を壊そうとしています。ヴァイオリニストというより、人として」

(早く保護をしないと取り返しがつかなくなる)

「やっぱりエミリーの部屋を訪ねた方がいい。無駄足になっても構わないし、行ってくるわ! 何か分かればすぐ連絡する!」

 俺は拳を握り、頷く。
 そして、この時間でも開いていそうな店舗を一軒一軒あたる事にした。
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