ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる

■桜Side

　雨は一向に止みそうもない。私は伊集院が所有する別荘に来ていた。

　濡れ鼠になっても良かったが、どうしたってヴァイオリンを道連れには出来なくて。灯りを付けず、床の上で膝を抱える。

「……お父さん、助けて」

　慎太郎もエミリーも、当然伊集院の名を呼べない。この世にいない人にしか助けを求められなかった。

　室内は冷え込み、ガタガタ震えがくる。暖房施設があるが使い方が分からない。

　思えばスイッチをつければ明るくなり、眠くなればベッドが用意される生活を送ってきた。私、ヴァイオリン以外、何も出来ないんだ。

　そして、そのヴァイオリンさえ弾きたいと感じなくなってしまう。

「これじゃあ、何も無くなっちゃう。お父さん、私はどうしたらいいの？」

　明日からエミリーにどんな顔して会えばいい？　慎太郎にも。

　いっそ明日なんか来なければいいんだ。降りしきる雨の檻に囚われ、誰とも会わず、口も開かない。

　私は耳がいい。私に対しての嘲笑が聞こえる。

『伊集院のご令嬢と結婚なんて、羨ましい。伊集院桜、ファンだったんだ。写真集も買ったよ。はぁ、相手がお医者様じゃ敵わない、イケメンだし。また新しいアイドルを探そう』

　あの人も。

『早まるな、桜は勘違いしているよ！　真田君は本物のヴァイオリニストとして活動させたいと言って』

　この人も。

『あの子ってば何も疑わないから。ヴァイオリニストが写真集なんか普通出さないでしょ？　ヴァイオリニスト引く為には我慢しろって言えば、何でも言う通りにしてさ。ヴァイオリン馬鹿なのよ』

　エミリーまで。

「もう嫌！　もう聞きたくない！」

　叫びと共に雷鳴が轟く。私は閃光に誘われ、ふらふら窓辺に移動する。

　そっとカーテンを開くと車のライトがこちらへ向けられており、眩しくて目を細めた。