ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 別荘の敷地内に侵入してきた車に見覚えがある。そう気付いた瞬間、逃げ出す構えを取った。今、彼に会うわけにはいかない。こんな情けない姿を見られたくない。

 裏口から出ようと足を進め、ヴァイオリンケースに後ろ髪を引かれた。

 ヴァイオリンは置いていこう、いや持っていきたい、せめぎ合ううち玄関がガチャリと開く。

「桜! 何処だ? 居るんだろう?」

 慎太郎の声が響き渡る。

 結局ヴァイオリンを抱え、私は二階の寝室を目指す。あの部屋は鍵が掛かるはず。

 この別荘は私が帰国した際に利用する目的で購入され、間取りは把握していた。

 リビングへ入る慎太郎を横目にキッチンへ。ダイニングテーブルの下に身を隠す。と、慎太郎は誰かと通話をし始めた。

「あぁ、先輩? 桜を見つけました。伊集院家の別荘で、はい。まだ保護はしてませんが、靴があったのでここに居るのは間違いありません」

 慎太郎は私を素通りし、浴室の方向へ。その隙に階段に足をかける。なんだか、かくれんぼみたいで息を潜めた。

「え? 高橋がマネージャーと? それ、どういう意味。は? 結託してるって」

 しかし、慎太郎がエミリーの企みに驚きの声を上げた際、私はヴァイオリンケースを落としてしまった。

 慌てて拾おうとする仕草は宙を切り、あっとい
う間に慎太郎の胸へ押し込まれる。

「やっと見付けた! 暗闇でのかくれんぼはよそう。危ないから」

「……」

「ごめん、本当にごめん!」

 肩口に唇を寄せ、慎太郎が謝罪してきた。
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