ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「……分かったわ、私はここで大人しくしている」

「うん、いい子。伊集院の別荘は警備もしっかりしているが、野良医者が可愛い桜にちょっかい出してくるかもしれないぞ。俺もなるべく早く帰ってくるよ」

「とかいって、新婚気分を味わいたいだけなくせに!」

「あぁ、野良医者にも早くお嫁さんがくるといいですねぇ、いってらっしゃいのキスとかしてくれる」

 悔しがる先輩へ見せ付けるよう、慎太郎がキスをしてきた。

 エミリーがまだ何か企んでいるかもしる、ないと思うと不安だが、二人が守ってくれる。伊集院家も手を貸してくれる。

 大丈夫、そう自分に言い聞かせ、彼等を送り出す事にした。
 車へ乗り込み、エンジンをかけても何度も手を振る慎太郎に愛しさが込み上げ、思わず涙ぐむ。
 ポロリと一筋流れたら、彼は車から降りて駆け付けてこようとする。

 ーーその時だった。


「なんで私じゃだめなのよ!」

 いきなり女性が飛び出してきた。物陰に潜み、一体いつからそこに隠れていたのだろう。全身が濡れている。

「君は……どうして」
 
 憎悪が巻き付く彼女の姿を見て、慎太郎は固まってしまった。

「アメリカ人の女が教えてくれたのよ、アンタがここにいるって、恋人と同棲してるってね! 許せない! 他の女と付き合うなんて絶対に認めない!」

 ナイフを振り翳す、女性。佐々木医師が間に入ろうとするが、あの距離では間に合わない。
 私が彼女から一番近い位置におり、迷わず足を動かす。

「やめて!」

 思い切り叫んだ。女性が振り向く。憎しみに満ちた矛先は私へ変わった。

「アンタが、アンタさえいなければ彼は私のものだったのよ!」

 瞬間、腹部に凄まじい痛みを覚え、見やるとナイフが突き刺さっている。

 私は耳がいい、血管が破れる音と共に慎太郎の悲鳴を聞いた。彼は今にも泣き出しそうな声で私を呼ぶ。
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