ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「おい、桜! 冗談だろ? おい! しっかりしろよ!」

 取り乱しつつ、止血処置をする。慎太郎はやっぱりお医者様なんだなぁ、ぼんやり思う。

 痛みは最初だけで後は意識が遠のくだけ。慎太郎の声が色が霞む世界にずっと響く。

「なぁ、桜? 聞こえてるか? すぐ救急車が来るからな」

 返事をしたいけれど目が開かない。血液を失っているはずなのに身体が重くて、寒い。

 また慎太郎に温めて貰いたいと手を必死に動かす。

「ん? 桜、何?」

 慎太郎は私の指を自分の顔へ添えさせた。

 あぁ、このシャープな輪郭が好き、通った鼻筋も時々意地悪を言う唇も好き、何より強い眼差しが好き。
 こんな事になるんだったらプロポーズをさっかり受ければ良かった。

「先輩! 救急車はまだですか? 桜が! 桜はこのままじゃ……桜、しっかりしろ、俺が助けてやる、絶対助けてやる! だから諦めるな、目を開けろ、開けるんだ!」

 励まされて薄っすら開ける。指先を濡らすのが慎太郎の涙なのか、自分の血なのか識別がつかない。目の前が真っ暗で。

 ーーサイレンの音がする。

< 84 / 94 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop