ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる

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　私は夢を見ていた。

　これがどうして夢だと分かったかと言うと父がヴァイオリンを弾いているからだ。

　懐かしい音色に耳を傾け、うっとり。このまま眠り続けたい。

「ーーなぁ、桜」

　父は曲の途中で奏でるのを止めてしまった。

「もっと聴きたいわ、演奏をやめないで」

「桜こそ、演奏を続けなくていいのかい？」

「……正直言えば少し疲れちゃったの。私がヴァイオリンを弾くと、みんなが嫌な思いをするから。お母さん、伊集院さん、それからエミリーも」

　父は亡くなった当時の容姿で、私はニ六歳の姿。
　オフホワイトの視界は病院を過ぎらせるーーそういえば刺されたんだ。お腹に手をやるも傷跡はない。それに手首の痛みも消えている。

「もしかしてここは天国？　な訳ないか。天国だとしたらヴァイオリンとピアノしか無いのは寂しいし」

「おや、桜はお父さんと音楽があれば良かったんじゃなかったかい？」

　父はピアノに背を預け、滑らかな曲線を指でなぞる。それからポーン、鍵盤をひとつ弾いた。

「そうね、確かにそうだった」

　質問に頷く。

「私にはヴァイオリンしかないと思ってた」

「ふふ、過去形だね？　他に大事なものが見つかった？」

　緩く微笑み、父がピアノを弾き始める。父はヴァイオリンだけでなくピアノも上手だった。

「この曲、聴いたことがある」

「ーーモーツァルトのフィガロの結婚、お父さんとお母さんの思い出の曲だ。まだ彼女は駆け出しの俳優でね、本番前には緊張から泣き出してしまう程だったよ」

「それでお父さんは舞台は楽しむものだって教えたんでしょう？　お母さんが言ってた。それで私には音楽は楽しむものって言ってさ、お父さんは何でも楽しめて素敵」

「挙げ句、人生までさっさと楽しみ終えて？　すまなかったね、苦労をさせた」

「楽しかった？　お父さんは思い残す事はなかったの？」

　フィガロの結婚『恋ってどんなものかしら』をＢＧМに昔話をする。