ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
 翌朝、起きるとエミリーは出掛けており、メモが残されていた。

「サウスパークへ行ってみたらーーか」

 内容を呟きつつテラスへ出てみる。全室オーシャンビューと謳うだけあって壮観だ。思い切り吸い込んで肺を膨らめ、朝の空気を味わう。

 きらきら輝く水面を前にするとこのまま部屋に引きこもるのが勿体無く思え、エミリーのアドバイス通り動いてみる事にする。

 サングラス、マスク、帽子の三点セットを身に着けた。

 アメリカでは変装しないのに、生活基盤のない地で素顔を隠すのは不便で不満である。タクシーを停めたり飲み物を購入する際、サングラスの中で顰めた。

 公園で朝食を摂るのは向こうでもしていた習慣。こうしてベンチに腰掛け道行く人々をボーッと眺めるのが好きなんだ。

 ビジネスシューズ、オフィスパンプス、スニーカーにローファーと目的地へ向かう靴を目で追い、ふと自分は何処に行けばいいのか巡らす。

(私にはヴァイオリンしかない)

 どんなアプローチを試そうと導かれる答えは一つ。ヴァイオリンを弾きたい、弾かなきゃいけないと強く思う。

 一方でこの腕は紙コップを持った程度で痛みが生じ、明らかに日常生活に支障が出ていた。

 腱鞘炎はヴァイオリニストにとって職業病とも言えよう。
 利き腕を庇っているうち、もう片方の腕や肘、肩まで痛みが広がっていき、私の場合は手術をしなければ症状の改善が望めないそうだ。

 逆に手術以外の治療法は試したものの、効果が得られなかった。
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