かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
君を元気づけるには
その夜、拓斗はいつもより早く帰ってきた。といっても九時近かったが。
「おかえりなさい。早く帰ってきてくれてよかったです」
そう言った望晴に拓斗は気づかわしげな視線を投げた。
「またなにかあったのか?」
心配させてしまったことに気づき、望晴は慌てて首を横に振った。
拓斗は彼女を気づかって早めに帰ってきてくれたのかもしれない。そう思うと、心が温かくなる。
それなのに、望晴はのんきにステーキを食べていて、申し訳ない。
「すみません、違うんです! 今日はステーキにしちゃったから、焼き加減をお聞きしたくて」
「ステーキ……」
「お肉を食べると元気になりますよね!」
高級スーパーの肉はやはり美味しかった。
その味を反芻して、望晴は満たされた顔をしている。
彼女の顔をしげしげと眺めた拓斗がぷっと噴き出した。
「元気になったようで、なによりだ」
突然の彼の笑顔を真正面から浴びて、望晴はドギマギしてしまった。
普段、感情のない人形みたいな整った顔が、パッと色がついたようにあざやかな笑顔になった。
口端を上げただけの笑みが多いので、めずらしい笑顔に望晴はうろたえる。
(そんな顔もできるんだ……)
そのギャップにずるいと思ってしまう。
「おかげさまで元気です。ありがとうございます」
動揺を隠すように、視線を逸らして望晴は言った。
「食事の準備をしますので、着替えて待っていてください。あっ、それで焼き加減はどうなさいますか?」
「じゃあ、ミディアムで」
「承知しました」
望晴はキッチンに向かい、拓斗は自室に行った。
拓斗が着替えて戻ってくるのに合わせてテーブルに料理を出した望晴は、なんとなく向かいに腰かける。
「今日は本当にありがとうございました」
「別にたいしたことはしていない」
改めて礼を言うと、拓斗は首を振った。先ほどの笑顔が嘘のようにそっけない。
料理を食べながら、彼は言葉を続けた。
「男性恐怖症でここに住むのは本当に問題ないのか?」
単刀直入に尋ねられ、望晴はうなずいた。
「はい。なぜか由井さんには恐怖心を感じないので。ここに住まわせていただいて、本当に助かっています。職場にも近いしセキュリティもばっちりだし、有難いです。それに男性恐怖症を早く治さないとカラーコーディネーターにもなれないし」
「カラーコーディネーター?」
「夢なんです。由井さんにしているように、その人や場面に合ったコーディネートをするコンサルタントになるのが。それには男性を怖がってはいられないですよね!」
「なるほどな」
改めて観察するように自分を見つめてくる拓斗に、望晴の胸がうるさくなる。
彼はふいにニッと笑った。
「じゃあ、ここにいる間に特訓するか?」
「特訓、ですか?」
「僕は怖くないんだろ? それなら、僕で男に慣れる訓練をするといい」
そう言って拓斗は手を差し出してくる。
握手するように。
触れる訓練というわけだろうか。
そっとその手に触れると、ギュッと握られた。
節ばった思ったより大きな手に自分の手が包まれて、とくんと心臓が跳ねる。
嫌な感じはしない。
するりと親指で彼女の手の甲をなでてから、拓斗は手を離した。
その特訓は毎晩のように続けられることになった。
それから数日後、啓介はモールの責任者会議で外していて一人で店番をしていると、声をかけられた。
「あれー、お姉さん、また会ったね。これは運命じゃない?」
そちらを見ると、この間ナンパしてきた男性だった。
望晴の顔はこわばったが、かろうじて口が動いた。
「いらっしゃいませ」
「そんなに警戒しないでよ。服を買いに来ただけなんだから」
普段そんなに怖がられることないのになとつぶやいた彼は確かに男前なので、邪険にされることは少ないのだろう。
それでも、望晴には響かなかった。
顔の良さでは拓斗のほうが上だと思う。
「カジュアルなシャツが欲しいんだけど、選んでよ」
そう言われて、本当に服を買いに来たんだと肩の力を抜く。
にこやかな彼は先日は強引だったものの、悪気はないのかもしれないと思い直した。
望晴は生真面目に彼を見て、似合う色を考える。
ここで働くようになり、望晴はカラーコーディネートの勉強をして、資格を取った。
拓斗に告げたようにパーソナル・カラーコーディネーターになりたいと思っている。
そのためにはこんなふうにいちいち男性に気を立てていてはいけないと反省した。
気持ちを切り替えて、通常の接客をしようとする。
「それでは、こちらでいかがでしょうか?」
彼はイエベ春タイプだから暖色が似合うだろうと、オレンジレッドのシャツを差し出した。明るい印象の彼に合いそうだと、あくまで店員のスタンスで接する。
彼はそれを気にする様子もなく、「いいね」とうなずいた。
「じゃあ、試着してみようかな」
「それでは、こちらへどうぞ」
彼を試着室に誘導して、カーテンを閉める。着替えた彼は、望晴に見せるように外に出てきた。
「どうかな?」
「やっぱり明るい色がお似合いですね。このシャツは色は派手ですが、形がトラディショナルなので、意外と落ち着くんですよ」
「勧め方がうまいね。じゃあ、これをもらっていくよ」
「ありがとうございます」
会計を済ませ、ショッパーを渡すと、彼はにやっと笑った。
「この店も君も気に入ったよ。しばらく通おうかな」
その言葉にどう答えようかと望晴が戸惑っているうちに、彼は手を振って去っていった。
(やっぱり苦手だわ)
望晴は溜め息をついた。
「おかえりなさい。早く帰ってきてくれてよかったです」
そう言った望晴に拓斗は気づかわしげな視線を投げた。
「またなにかあったのか?」
心配させてしまったことに気づき、望晴は慌てて首を横に振った。
拓斗は彼女を気づかって早めに帰ってきてくれたのかもしれない。そう思うと、心が温かくなる。
それなのに、望晴はのんきにステーキを食べていて、申し訳ない。
「すみません、違うんです! 今日はステーキにしちゃったから、焼き加減をお聞きしたくて」
「ステーキ……」
「お肉を食べると元気になりますよね!」
高級スーパーの肉はやはり美味しかった。
その味を反芻して、望晴は満たされた顔をしている。
彼女の顔をしげしげと眺めた拓斗がぷっと噴き出した。
「元気になったようで、なによりだ」
突然の彼の笑顔を真正面から浴びて、望晴はドギマギしてしまった。
普段、感情のない人形みたいな整った顔が、パッと色がついたようにあざやかな笑顔になった。
口端を上げただけの笑みが多いので、めずらしい笑顔に望晴はうろたえる。
(そんな顔もできるんだ……)
そのギャップにずるいと思ってしまう。
「おかげさまで元気です。ありがとうございます」
動揺を隠すように、視線を逸らして望晴は言った。
「食事の準備をしますので、着替えて待っていてください。あっ、それで焼き加減はどうなさいますか?」
「じゃあ、ミディアムで」
「承知しました」
望晴はキッチンに向かい、拓斗は自室に行った。
拓斗が着替えて戻ってくるのに合わせてテーブルに料理を出した望晴は、なんとなく向かいに腰かける。
「今日は本当にありがとうございました」
「別にたいしたことはしていない」
改めて礼を言うと、拓斗は首を振った。先ほどの笑顔が嘘のようにそっけない。
料理を食べながら、彼は言葉を続けた。
「男性恐怖症でここに住むのは本当に問題ないのか?」
単刀直入に尋ねられ、望晴はうなずいた。
「はい。なぜか由井さんには恐怖心を感じないので。ここに住まわせていただいて、本当に助かっています。職場にも近いしセキュリティもばっちりだし、有難いです。それに男性恐怖症を早く治さないとカラーコーディネーターにもなれないし」
「カラーコーディネーター?」
「夢なんです。由井さんにしているように、その人や場面に合ったコーディネートをするコンサルタントになるのが。それには男性を怖がってはいられないですよね!」
「なるほどな」
改めて観察するように自分を見つめてくる拓斗に、望晴の胸がうるさくなる。
彼はふいにニッと笑った。
「じゃあ、ここにいる間に特訓するか?」
「特訓、ですか?」
「僕は怖くないんだろ? それなら、僕で男に慣れる訓練をするといい」
そう言って拓斗は手を差し出してくる。
握手するように。
触れる訓練というわけだろうか。
そっとその手に触れると、ギュッと握られた。
節ばった思ったより大きな手に自分の手が包まれて、とくんと心臓が跳ねる。
嫌な感じはしない。
するりと親指で彼女の手の甲をなでてから、拓斗は手を離した。
その特訓は毎晩のように続けられることになった。
それから数日後、啓介はモールの責任者会議で外していて一人で店番をしていると、声をかけられた。
「あれー、お姉さん、また会ったね。これは運命じゃない?」
そちらを見ると、この間ナンパしてきた男性だった。
望晴の顔はこわばったが、かろうじて口が動いた。
「いらっしゃいませ」
「そんなに警戒しないでよ。服を買いに来ただけなんだから」
普段そんなに怖がられることないのになとつぶやいた彼は確かに男前なので、邪険にされることは少ないのだろう。
それでも、望晴には響かなかった。
顔の良さでは拓斗のほうが上だと思う。
「カジュアルなシャツが欲しいんだけど、選んでよ」
そう言われて、本当に服を買いに来たんだと肩の力を抜く。
にこやかな彼は先日は強引だったものの、悪気はないのかもしれないと思い直した。
望晴は生真面目に彼を見て、似合う色を考える。
ここで働くようになり、望晴はカラーコーディネートの勉強をして、資格を取った。
拓斗に告げたようにパーソナル・カラーコーディネーターになりたいと思っている。
そのためにはこんなふうにいちいち男性に気を立てていてはいけないと反省した。
気持ちを切り替えて、通常の接客をしようとする。
「それでは、こちらでいかがでしょうか?」
彼はイエベ春タイプだから暖色が似合うだろうと、オレンジレッドのシャツを差し出した。明るい印象の彼に合いそうだと、あくまで店員のスタンスで接する。
彼はそれを気にする様子もなく、「いいね」とうなずいた。
「じゃあ、試着してみようかな」
「それでは、こちらへどうぞ」
彼を試着室に誘導して、カーテンを閉める。着替えた彼は、望晴に見せるように外に出てきた。
「どうかな?」
「やっぱり明るい色がお似合いですね。このシャツは色は派手ですが、形がトラディショナルなので、意外と落ち着くんですよ」
「勧め方がうまいね。じゃあ、これをもらっていくよ」
「ありがとうございます」
会計を済ませ、ショッパーを渡すと、彼はにやっと笑った。
「この店も君も気に入ったよ。しばらく通おうかな」
その言葉にどう答えようかと望晴が戸惑っているうちに、彼は手を振って去っていった。
(やっぱり苦手だわ)
望晴は溜め息をついた。