かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
「ただいま」
「おかえりなさい」
拓斗が十時近くに帰ってきた。
一足早く夕食を終えていた望晴は、拓斗の夕食の支度をする。
昼間の彼のことでなんとなく気分が沈んでいたので、することがあると気が紛れて有り難い。
こんなときは一人暮らしではないのが助かると思った。
スーツを着替えて戻ってきた拓斗は望晴を見た。
「なんか元気なくないか?」
「そう、ですか?」
早速拓斗にバレて、苦笑する。
(なんでわかったんだろう?)
いつもはもっと話しかけているのに、今日は口数少なく食事の用意をしていたからかもしれない。
「実は今日、お店にこの間の彼が来て……」
「この間のって、ナンパしてきたヤツか?」
「はい。たまたま来ただけのようですが」
望晴はそのときの話をした。
拓斗は食事をしながら聞いてくれる。
「大丈夫だったのか?」
「先日はちょっと怖かったのですが、今日は普通にシャツを買って帰ったので、気にしすぎかもしれません」
「そうか」
「でも、帰りがけに『しばらく通う』って言っていたのが、気になってしまって……」
「もしなにかあったら、呼んでくれ。上で働いてるんだから」
「いえいえ、そんなわけにはいきません。それに普段は店長もいるので大丈夫です。ありがとうございます」
忙しい彼をわずらわせるなんてできないと、望晴は慌てて首を振った。
それでも気が晴れない様子の望晴を見て、拓斗は箸を置いた。
食事の途中なのに、席を立つ。自室に入っていき、なにやら小さな紙袋を手に戻ってきた。
「これでも食べて、元気を出したらどうだ? 君は甘いもの全般好きだと言っていただろう?」
渡された紙袋の中身を見て、望晴は目を輝かせた。
「これはマダム・ショコラ! どうしてここに? マダム・ショコラって、ベルギー王室御用達で、死ぬまでに一度は行きたいお店にも選ばれたショコラティエなんです。ここのチョコはベルギーでしか手に入らないんですよ! いつかベルギーに行ったら、毎日チョコを食べ歩くのが夢で、このお店にも行くつもりでチェックしてたんです! わぁ、うれしい! ありがとうございます!」
「まさに、そのベルギー土産だそうだ」
大興奮の望晴にたじろぎながら拓斗が答える。
そして、次の瞬間、思わずというように噴き出して、言った。
「君を元気づけるにはやはり甘いものがあればいいようだな」
また勢いのまましゃべってしまったと気づいて、望晴は赤面する。
大好きなお菓子のことになると、つい言葉が止まらなくなるのだ。
しかも、拓斗が自分を元気づけようとこれを持ってきてくれたことに気づき、心臓がとくんと跳ねた。
「……お気遣いいただいて、ありがとうございます。せっかくなので、コーヒーか紅茶を淹れようと思うのですが、飲まれますか?」
「じゃあ、紅茶を」
「承知しました」
恥ずかしくなった望晴は、そそくさと台所へ逃げた。
食事を終えた拓斗と並んでソファーに座り、望晴は早速チョコレートに手を伸ばした。
「うぅ~、美味しい! 濃厚なのにフルーティで舌触りも最高! この口どけの滑らかさはなかなかないわ! さすが、マダム・ショコラ! 評判通りの美味しさね!」
一口かじって、身悶える。さっき反省したばかりなのも忘れて、ハイテンションでしゃべりだした。
「今までで一番好みのチョコレートかも! あっ、由井さんも召し上がりません? これは味わうべきですよ!」
この感動を一緒に味わいたいと思った望晴は、拓斗にチョコレートの箱を押しつけた。
勢いに押され、一粒摘まんだ拓斗はぽいっと口に入れた。
(あああ、一口で! もったいない……)
無造作な拓斗の食べ方に、望晴は悲鳴を抑えた。そんな彼女の思考に気づかず、拓斗は軽く言う。
「まぁ、たしかにうまいな」
「それだけですか? カカオの香りがかぐわしいとか、この繊細なのに濃厚な甘みが幸せだとかないんですか?」
「僕はそこまで……」
「えぇー! カカオ豆の原産地からこだわって、厳密に管理された製法で丁寧に作られたチョコってこんなに豊かで味わい深いんだって、感動しません?」
「そ、そうか?」
拓斗の淡白な感想が気に入らないと、望晴は彼に詰め寄る。
彼女の顔が近づいて、拓斗は身を引いた。
「君は男性恐怖症じゃなかったのか?」
そう指摘されて、望晴は自分たちの近さに気づき、慌てて距離を取る。
「す、すみません。由井さんには本当になぜだか警戒心が働かなくて……」
お客様だと思っているからか、それとも親切にしてもらっているからか、拓斗に対しては普段感じる男性への苦手意識がまったくと言っていいほど湧かなかった。
それを聞いて、拓斗は苦笑する。
「そんなに信頼してもらえるのは有り難いが、そこまで言われると、少々複雑だな」
「あ、ごめんなさい。決して由井さんが男性的に魅力がないと言っている訳じゃないんです。むしろ、魅力たっぷりです!」
焦った望晴は変なことを口にしてしまう。
「たっぷりね……」
クッと笑って、髪を掻き上げる拓斗を見て、まさにこういうところが色っぽいと思う。
恐怖心は感じないのに、鼓動が速くなってきて、望晴は首を傾げた。
そんな彼女に顔を近づけて、拓斗は「じゃあ、今日の特訓と行こうか」とささやく。
そして、身を乗り出してソファーに手をついた。望晴は拓斗とソファーに挟まれる格好になった。
拓斗が片手を上げたので、望晴はびくっと身を震わせたが、そっと髪をなでられて、肩の力を抜いた。
でも、彼に聞こえそうなくらい心臓がバクバクいっている。
「本当に僕だと大丈夫なんだな」
そう言って口端を上げた拓斗を見上げて、望晴は全然大丈夫じゃないと思った。
すっと身を離して、拓斗は髪を掻き上げた。
「風呂に行ってくる」
「あ、はい。チョコレート、ありがとうございました」
「べつに、もらいものだ」
そっけなく言って、拓斗は去っていった。
彼の突然の甘さはチョコレート並みに濃く、望晴の頭からすっかりナンパ男のことなど吹っ飛んでしまった。
「おかえりなさい」
拓斗が十時近くに帰ってきた。
一足早く夕食を終えていた望晴は、拓斗の夕食の支度をする。
昼間の彼のことでなんとなく気分が沈んでいたので、することがあると気が紛れて有り難い。
こんなときは一人暮らしではないのが助かると思った。
スーツを着替えて戻ってきた拓斗は望晴を見た。
「なんか元気なくないか?」
「そう、ですか?」
早速拓斗にバレて、苦笑する。
(なんでわかったんだろう?)
いつもはもっと話しかけているのに、今日は口数少なく食事の用意をしていたからかもしれない。
「実は今日、お店にこの間の彼が来て……」
「この間のって、ナンパしてきたヤツか?」
「はい。たまたま来ただけのようですが」
望晴はそのときの話をした。
拓斗は食事をしながら聞いてくれる。
「大丈夫だったのか?」
「先日はちょっと怖かったのですが、今日は普通にシャツを買って帰ったので、気にしすぎかもしれません」
「そうか」
「でも、帰りがけに『しばらく通う』って言っていたのが、気になってしまって……」
「もしなにかあったら、呼んでくれ。上で働いてるんだから」
「いえいえ、そんなわけにはいきません。それに普段は店長もいるので大丈夫です。ありがとうございます」
忙しい彼をわずらわせるなんてできないと、望晴は慌てて首を振った。
それでも気が晴れない様子の望晴を見て、拓斗は箸を置いた。
食事の途中なのに、席を立つ。自室に入っていき、なにやら小さな紙袋を手に戻ってきた。
「これでも食べて、元気を出したらどうだ? 君は甘いもの全般好きだと言っていただろう?」
渡された紙袋の中身を見て、望晴は目を輝かせた。
「これはマダム・ショコラ! どうしてここに? マダム・ショコラって、ベルギー王室御用達で、死ぬまでに一度は行きたいお店にも選ばれたショコラティエなんです。ここのチョコはベルギーでしか手に入らないんですよ! いつかベルギーに行ったら、毎日チョコを食べ歩くのが夢で、このお店にも行くつもりでチェックしてたんです! わぁ、うれしい! ありがとうございます!」
「まさに、そのベルギー土産だそうだ」
大興奮の望晴にたじろぎながら拓斗が答える。
そして、次の瞬間、思わずというように噴き出して、言った。
「君を元気づけるにはやはり甘いものがあればいいようだな」
また勢いのまましゃべってしまったと気づいて、望晴は赤面する。
大好きなお菓子のことになると、つい言葉が止まらなくなるのだ。
しかも、拓斗が自分を元気づけようとこれを持ってきてくれたことに気づき、心臓がとくんと跳ねた。
「……お気遣いいただいて、ありがとうございます。せっかくなので、コーヒーか紅茶を淹れようと思うのですが、飲まれますか?」
「じゃあ、紅茶を」
「承知しました」
恥ずかしくなった望晴は、そそくさと台所へ逃げた。
食事を終えた拓斗と並んでソファーに座り、望晴は早速チョコレートに手を伸ばした。
「うぅ~、美味しい! 濃厚なのにフルーティで舌触りも最高! この口どけの滑らかさはなかなかないわ! さすが、マダム・ショコラ! 評判通りの美味しさね!」
一口かじって、身悶える。さっき反省したばかりなのも忘れて、ハイテンションでしゃべりだした。
「今までで一番好みのチョコレートかも! あっ、由井さんも召し上がりません? これは味わうべきですよ!」
この感動を一緒に味わいたいと思った望晴は、拓斗にチョコレートの箱を押しつけた。
勢いに押され、一粒摘まんだ拓斗はぽいっと口に入れた。
(あああ、一口で! もったいない……)
無造作な拓斗の食べ方に、望晴は悲鳴を抑えた。そんな彼女の思考に気づかず、拓斗は軽く言う。
「まぁ、たしかにうまいな」
「それだけですか? カカオの香りがかぐわしいとか、この繊細なのに濃厚な甘みが幸せだとかないんですか?」
「僕はそこまで……」
「えぇー! カカオ豆の原産地からこだわって、厳密に管理された製法で丁寧に作られたチョコってこんなに豊かで味わい深いんだって、感動しません?」
「そ、そうか?」
拓斗の淡白な感想が気に入らないと、望晴は彼に詰め寄る。
彼女の顔が近づいて、拓斗は身を引いた。
「君は男性恐怖症じゃなかったのか?」
そう指摘されて、望晴は自分たちの近さに気づき、慌てて距離を取る。
「す、すみません。由井さんには本当になぜだか警戒心が働かなくて……」
お客様だと思っているからか、それとも親切にしてもらっているからか、拓斗に対しては普段感じる男性への苦手意識がまったくと言っていいほど湧かなかった。
それを聞いて、拓斗は苦笑する。
「そんなに信頼してもらえるのは有り難いが、そこまで言われると、少々複雑だな」
「あ、ごめんなさい。決して由井さんが男性的に魅力がないと言っている訳じゃないんです。むしろ、魅力たっぷりです!」
焦った望晴は変なことを口にしてしまう。
「たっぷりね……」
クッと笑って、髪を掻き上げる拓斗を見て、まさにこういうところが色っぽいと思う。
恐怖心は感じないのに、鼓動が速くなってきて、望晴は首を傾げた。
そんな彼女に顔を近づけて、拓斗は「じゃあ、今日の特訓と行こうか」とささやく。
そして、身を乗り出してソファーに手をついた。望晴は拓斗とソファーに挟まれる格好になった。
拓斗が片手を上げたので、望晴はびくっと身を震わせたが、そっと髪をなでられて、肩の力を抜いた。
でも、彼に聞こえそうなくらい心臓がバクバクいっている。
「本当に僕だと大丈夫なんだな」
そう言って口端を上げた拓斗を見上げて、望晴は全然大丈夫じゃないと思った。
すっと身を離して、拓斗は髪を掻き上げた。
「風呂に行ってくる」
「あ、はい。チョコレート、ありがとうございました」
「べつに、もらいものだ」
そっけなく言って、拓斗は去っていった。
彼の突然の甘さはチョコレート並みに濃く、望晴の頭からすっかりナンパ男のことなど吹っ飛んでしまった。