かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
「すみませんが、この人に似合う休日用の服を一式揃えてもらえませんか?」

 声をかけられて望晴が振り返ると、やわらかな雰囲気のスーツ姿の男性がいた。その後ろに機嫌の悪そうなイケメンもいる。
 イケメンのほうが拓斗だった。

 ピンストライプの三つ揃いスーツを着た、いかにもできる男という風情だ。望晴が見たこともないほど美形でもある。
 ちなみに、あとでわかったのだが、話しかけてきたのは、拓斗の秘書の甲斐友成だった。

 ここはセレブが集まる街として名高いベリが丘のサウスエリア。そこに位置するモールの中のブティックだ。G.rowというハイブランドを専門に扱っている。

 高級スーツに身を包んだ二人は、もしかしたらこの上のオフィス階で働いている人かもしれないと望晴は思った。
 場所柄、一流企業や勢いのあるベンチャー企業が集まっているのだ。

「服なんて、どうでもいいだろ」

 拓斗がめんどくさそうに髪を掻き上げながら言うと、ソフトに見えた甲斐は声を荒げた。

「どうでもよくないから、ここに来たんです! センスが壊滅的なのを自覚してください。先日の取材時はびっくりしました。あのとき急いで買ってきたのがここの服なんです。私もあなたの私服まで面倒見きれませんから、なんとかしてください」

 甲斐が言い募り、そこまで言われるほどのセンスとはどんなものなんだろうと、かえって望晴は興味が湧いた。
 ふてくされたような拓斗が答える。

「悪かったな。だが、男の服装なんて、誰も気にしないだろう?」
「そんなわけないでしょう! 社長は会社の顔なんです。この間みたいに新聞や雑誌のインタビューだってちょくちょくあるし、どこで誰が見てるかわからないんですから。あなたみたいな顔のいい人がダサい格好をしていたら、かえってイメージが悪くなります」
「そういうもんか?」
「そうです。あなたのセンスのなさは、仕事に差し支えるレベルです。だから、大人しく、上から下まで揃えてもらってください」

 さんざんな言われようだが、拓斗は肩をすくめて、望晴を見た。

「仕方がないな。すまないが、十五分程度で選んでもらえるか? 時間がもったいない」

 二人のやり取りにぽかんとしていた望晴は、急に話を向けられて、慌てて表情を取り繕った。
 にっこり微笑んで聞いてみる。 

「それでは、お客様、まずサイズを測らせていただけますか? 何系がいいとか、好きなお色味など、お聞かせください」
「特にないな。着やすければいい。サイズはLだから、測る必要もない。なんなら、そこのマネキンの服を一式もらうのでいいんじゃないか?」

 後半は甲斐に向けて言ったようだが、望晴は首を振った。

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