かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
「それでは、在庫のダイヤモンドをあたる間に、刻印をお決めいただければ」
「刻印?」
「指輪の内側に入れる文字のことです。イニシャルや日付が人気ですが、メッセージという方もいらっしゃいます」
「いらない」
「いりません」
異口同音に拓斗と望晴が言うので、店員は目を丸くした。
「それより早くほしいんだ。来週末に旅行に行くから、その前に」
取り繕うように拓斗が言うと、店員はほっとしたようにうなずいた。
「承知いたしました。それでは、少々お待ちください」
店員は端末を操作して、ダイヤモンドを選んでいるようだ。
しばらくして端末画面を見せてきた。
そこには三つのダイヤモンドの写真があり、『0.29カラット』『0.31カラット』『0.35カラット』とあった。
「お客様のご希望に近いものはこの三つになります」
「やっぱりそれなりに大きいほうがいいんじゃないか?」
拓斗が0.35カラットのものを指さした。
こう並ぶとちょっとした違いだが、見栄えがかなり違う。
祖父に見せるのにあまりみすぼらしいものは困ると思ったのかもしれないと、望晴はうなずいた。
「それでは、この0.35カラットのものでお作りしますね。最後に奥さまの指のサイズを測りますので、旦那さまはこちらに住所等をご記入いただけますか?」
先ほどからの『奥さま』『旦那さま』という言葉をこそばゆく感じながら、望晴は手を差し出した。
彼女の手は身長の割に小さい。白くぷよぷよした手は子どもみたいだと思う。
「九号ですね。それでは――」
店員は電卓を叩き、用紙に金額を書き込んだ。
「税込みで六十八万二千円になります。お支払いはカードか振込で承ります。お振込の場合の納期は入金が確認できてから一週間を見ていただければと存じます」
「カードで」
拓斗はいつものブラックカードを出した。
「回数は――」
「一括で」
「かしこまりました」
会計を済ますと、店員は引換券をくれた。来週水曜日以降にこれを出せば指輪を渡してくれるそうだ。
ちょうど閉店の音楽が鳴りだした。
入店から三十分足らずで婚約指輪を買ってしまったと望晴は改めて驚いた。
こんな客はなかなかいないのではないだろうか。
時間は短かったが濃い時間を過ごして、望晴は疲れてしまった。
拓斗も同じだったようで、溜め息まじりに漏らした。
「なんだか疲れたな」
「そうですね。未知のゾーンだったので」
「僕もだ。でも、あの接客システムには改善の余地があるな」
仕事のことを思い浮かべたようで、拓斗は思案しながらつぶやく。
「接客システムですか?」
「そうだ。今、AIを使って効率的に接客できるシステムを作ってるんだ」
「セルフレジのようなものでしょうか?」
「いや、もっと複雑なもので、客と対話しながら、漠然とした要望にも応えられるものだ。それなら、今回のような場合でも、AIが瞬時に在庫をあたって、客を待たせることなく最適な商品を提案してくれる」
「それって人を介さないってことですか? 味気なくないですか? 特に婚約指輪のような特別なものが対象だと」
「高額なものだからこそ最適解が知りたいんじゃないか? 無駄な時間を費やす必要もないし」
「そう……ですか」
拓斗はAIが服を選んでくれるなら、きっと喜んでそれを買うのだろう。
(私と過ごす時間は無駄なの……?)
まるで望晴のような店員はいらないと言われたようで、さみしく思った。
精神的に疲れた二人は通りすがりのレストランで夕食をとって帰宅した。
櫻坂はベリが丘でもとりわけ高級な店が並んでいるエリアだったので、レストランもハイグレードで、望晴はさらに疲れてしまったが。
「刻印?」
「指輪の内側に入れる文字のことです。イニシャルや日付が人気ですが、メッセージという方もいらっしゃいます」
「いらない」
「いりません」
異口同音に拓斗と望晴が言うので、店員は目を丸くした。
「それより早くほしいんだ。来週末に旅行に行くから、その前に」
取り繕うように拓斗が言うと、店員はほっとしたようにうなずいた。
「承知いたしました。それでは、少々お待ちください」
店員は端末を操作して、ダイヤモンドを選んでいるようだ。
しばらくして端末画面を見せてきた。
そこには三つのダイヤモンドの写真があり、『0.29カラット』『0.31カラット』『0.35カラット』とあった。
「お客様のご希望に近いものはこの三つになります」
「やっぱりそれなりに大きいほうがいいんじゃないか?」
拓斗が0.35カラットのものを指さした。
こう並ぶとちょっとした違いだが、見栄えがかなり違う。
祖父に見せるのにあまりみすぼらしいものは困ると思ったのかもしれないと、望晴はうなずいた。
「それでは、この0.35カラットのものでお作りしますね。最後に奥さまの指のサイズを測りますので、旦那さまはこちらに住所等をご記入いただけますか?」
先ほどからの『奥さま』『旦那さま』という言葉をこそばゆく感じながら、望晴は手を差し出した。
彼女の手は身長の割に小さい。白くぷよぷよした手は子どもみたいだと思う。
「九号ですね。それでは――」
店員は電卓を叩き、用紙に金額を書き込んだ。
「税込みで六十八万二千円になります。お支払いはカードか振込で承ります。お振込の場合の納期は入金が確認できてから一週間を見ていただければと存じます」
「カードで」
拓斗はいつものブラックカードを出した。
「回数は――」
「一括で」
「かしこまりました」
会計を済ますと、店員は引換券をくれた。来週水曜日以降にこれを出せば指輪を渡してくれるそうだ。
ちょうど閉店の音楽が鳴りだした。
入店から三十分足らずで婚約指輪を買ってしまったと望晴は改めて驚いた。
こんな客はなかなかいないのではないだろうか。
時間は短かったが濃い時間を過ごして、望晴は疲れてしまった。
拓斗も同じだったようで、溜め息まじりに漏らした。
「なんだか疲れたな」
「そうですね。未知のゾーンだったので」
「僕もだ。でも、あの接客システムには改善の余地があるな」
仕事のことを思い浮かべたようで、拓斗は思案しながらつぶやく。
「接客システムですか?」
「そうだ。今、AIを使って効率的に接客できるシステムを作ってるんだ」
「セルフレジのようなものでしょうか?」
「いや、もっと複雑なもので、客と対話しながら、漠然とした要望にも応えられるものだ。それなら、今回のような場合でも、AIが瞬時に在庫をあたって、客を待たせることなく最適な商品を提案してくれる」
「それって人を介さないってことですか? 味気なくないですか? 特に婚約指輪のような特別なものが対象だと」
「高額なものだからこそ最適解が知りたいんじゃないか? 無駄な時間を費やす必要もないし」
「そう……ですか」
拓斗はAIが服を選んでくれるなら、きっと喜んでそれを買うのだろう。
(私と過ごす時間は無駄なの……?)
まるで望晴のような店員はいらないと言われたようで、さみしく思った。
精神的に疲れた二人は通りすがりのレストランで夕食をとって帰宅した。
櫻坂はベリが丘でもとりわけ高級な店が並んでいるエリアだったので、レストランもハイグレードで、望晴はさらに疲れてしまったが。