かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
「それにしても、すごいな、君は。あの頑固な父の考えを変えるなんて」

 帰宅して、ソファーに落ち着いたところで、拓斗がつぶやいた。

「私が変えたんじゃなくて、拓斗さんを始め、いろんな方の意見が積み重なったんだと思いますよ」
「それにしても、あの情熱的なプレゼンが効いたんだと思う。『くやしくてくやしくて』って。あそこまで言われたら、心に響く」
「いつも思ったままを垂れ流してしまって、恥ずかしいです」

 望晴は照れて赤くなった。
 拓斗は彼女の頭を引き寄せ、髪をなでる。

「……大学時代、僕なりにはるやの未来を考えて、もっと若者を惹きつけるパッケージにするべきだとか、通販に力を入れろとか父に言ったんだ。特に通販には注力すべきだと思ったから、システムの勉強もしていた。だが、父は聞く耳を持たなくて……。激しい言い合いになって、喧嘩別れした。僕は家を出て、通販システム開発で起業したんだ」

 拓斗の胸に顔をうずめる体勢になっていた望晴には、父との確執を語る彼の表情は見えなかった。しかし、相当くやしかったのだろう。その声は硬かった。
 望晴はなぐさめるように、彼の背中に手を回し、そっとなでた。
 ふっと彼は力を抜く。

「それから、十年だ。まさか父が折れるとはね。しかも、僕の目の前で」
「お父様も拓斗さんと仲直りしたかったんじゃないでしょうか」
「そうかな?」
「そうですよ」

 彼が笑った気配が伝わってきた。
 また、望晴の髪をなでる手の動きが再開する。

「……入籍したばかりだが、やっぱり君と結婚してよかったと思う」

 いきなり耳もとでささやかれた。
 その甘美な声に、望晴は首をすくめた。

(もうそんな言い方、誤解しちゃうから!)

 心の中で文句を言いつつ、うれしい気持ちが抑えきれない。でも、平静を装って言った。

「少しは拓斗さんのお役に立ててよかったです」
「役に立つなんてもんじゃないよ」

 拓斗はそう言いながら、かぶっと耳を噛んだ。

「ひゃっ」

 驚いた望晴は甲高い声をあげてしまう。
 ククッと笑った拓斗はさらに舌を這わす。むずがゆいような快感が湧き起こり、身を引こうとするが、彼の手に捕らわれていた頭は動かせない。
 ねっとりと耳から首筋を舐められて、身体の奥が疼いた。
 ワンピースのファスナーが下ろされて、鎖骨から胸もとまで唇が這っていく。

「拓斗さん、お風呂に入りたいです……」

 帰ってすぐにお湯を張りにいったので、もうすぐ風呂が沸く。
 健斗と話しながら冷や汗をかいたので、気になったのだ。

「そうだな。じゃあ、先に入っておいで」

 名残惜しげに指先で彼女の頬をなでた拓斗は、身を離した。

「でも、拓斗さんがお先にどうぞ」

 いつも家主である拓斗に先に入ってもらっているので、そう言うと、彼はにやっと笑った。

「じゃあ、一緒に入るか?」
「えっ? い、いえ、でも、あの……先にいただきます!」

 しどろもどろになった望晴は逃げるように風呂に向かった。
 手早く髪と身体を洗って出てくると、入れ違いに風呂に行った拓斗に「寝室で待っていてくれ」と言われる。

(これは『する』ってことよね?)

 風呂上がりなのに、さらに顔がほてる。
 おそるおそる彼の部屋に入るが、ベッドに寝て待っているのもやる気満々な気がするし、かといって立って待っているのも変かと、望晴はベッドの端に腰かけて待った。
 ほどなく、しっとりと濡れて色気を滴らせた拓斗が入ってくる。
 望晴を見て、にこりと笑う。
 押し倒された彼女は、彼の身体に馴染んでいく自分を感じていた。
 でも、心にブレーキをかける。
 彼の甘さを誤解しないように。
 きっといつまでも続く生活ではないのだから。
 そのまま眠りについた望晴は翌朝、拓斗の腕の中で目覚めた。

「二人でいると温かいな。このベッドは大きいから、これからここで寝たらどうだ? 君がよければだが」

 そんなことを言われて、望晴は考えた。
 確かに彼の腕の中は心地よくて、冷え性の望晴でも温かくてよく眠れた。これが毎日続くのかと思うと幸せな気がする。
 望晴がうなずくと、拓斗が破顔した。

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