かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

離婚届

 拓斗に夕食を作らなくてもよくなったので、望晴は自分の食べる分を作る気力を失くした。
 それでも数日は作っていたけど、その日はどうしても気分が乗らなくて、仕事帰りに外食しようと思った。

(もう一週間以上も拓斗さんの顔を見てない……)

 ハァと深い溜め息をついたとき、目の前にその本人がいるのに気づいた。
 拓斗が快活そうな美女と楽しげに話しながら歩いていたのだ。
 望晴にはまったく気づいていない。
 美男美女の二人は、周囲からちらちら見られていたが、意に介することもなく、話し続けている。注目されることに慣れているのだろう。

(お似合いだわ……)

 そう思ってしまって、胸がちくりとする。
 ぼんやり眺めていると、横から声をかけられた。

「望晴さん、こんばんは」
「甲斐さん、こんばんは。ご無沙汰しています」

 声をかけてきたのは秘書の甲斐だった。

「社長にご用ですか? 全然気づいていないようですね。お呼びしましょうか?」
「いいえ、大丈夫です! たまたま仕事帰りなだけなので。お邪魔しても悪いし……」

 望晴は慌てて甲斐を止めた。
 とっさに拓斗に気づかれたくないと思ったのだ。
 嫉妬している自分が嫌だった。
 それを不審に思ったのか、彼は少しためらったあと、望晴に聞いてきた。

「最近、社長とケンカでもされましたか?」
「え? どうしてですか?」
「社長が無駄に会社に居残って帰りたがらないんですよ。あの方は意外と子どもっぽいし、情緒ないし、腹が立つこともあるでしょうが、どうか許してやってください」
「私は別に……」

(帰りたがらない? 家に? 私がいるから?)

 忙しいんじゃなかったんだと望晴はショックを受けた。

「そうですか。なにかあったのかと思いましたが。他に気まずいことでもあるのでしょうか」

(気まずいこと……。もしかしたら他に好きな人ができたとか?)

 ずいぶん盛り上がっている彼らを眺める。
 望晴の視線の先に気づいて、甲斐は教えてくれた。

「あぁ! あの方はアルジャーノの水樹社長ですよ。今から接待で。彼女はやり手で、めずらしくうちの社長が口説いているところなんです。いいパートナーになれそうだと」

(いいパートナー……)

「あ、もう行くようですね。すみません、それでは、また」

 接待の場所に行くようで、彼らは去っていった。
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