かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
 やっぱりと望晴は目を伏せる。彼の口から直接聞くと、衝撃が大きい。
 目に涙が溜まってくる。
 ふっと表情を緩めた拓斗が優しくそれを拭ってくれる。

「バカだな、嫉妬したのか? M&Aの相手としてだよ」
「えむあんど……?」
「つまり買収先ってこと。そんなつまらない情報を吹き込んだのは誰だ? 甲斐か?」
「買収先……」
「そう。個人的にはなんの興味もない。僕には君がいるから」

 甘い言い方をして、拓斗は彼女の頬をなでる。誤解しそうなことは止めてほしいと、望晴は思わず、言ってしまった。不満げな顔で。

「でも、私は便宜上の妻でしょう?」
「は?」

 すると、とたんに拓斗の目つきが鋭くなる。

「便宜上の妻ってなんだ?」

 聞いたこともない低い声で問い返されて、望晴は縮みあがった。うろたえながら説明する。

「え、あの、だって、なりゆきで他に探すのもめんどくさいし、ちょうどいいから私で手を打ったんでしょう?」
「はぁぁ? 確かに似たようなことは言ったが、全然違う!」
「違う?」

 望晴はきょとんとして、彼の言葉を繰り返した。
 ハァと深い溜め息をついて、拓斗は髪を掻き上げる。

「そこからか……。僕はちゃんと君がいいと思ってプロポーズしたつもりだったのだが」

 溜め息まじりに拓斗は言った。

(君がいい……?)

 思いがけない言葉を聞いて、望晴は目を見開く。

「え、だって、『悪くない』ってだけで、『結婚圧力』を解消するためじゃなかったんですか?」
「すまない。言い方が悪かったな。急すぎるが、あのタイミングで入籍するのも悪くないと言ったんだ。今後、君以上の存在が現れるとは考えられないし。そう言っただろ?」

 謝りつつも、拓斗が確認するように言った。
 でも、望晴は首を横に振る。
 そんな情熱的なことを言われたら、望晴だって覚えているはずだ。

「言われてませんけど?」
 
 そう言いながら、京都での彼のセリフを思い浮かべる。

「ストレスなく暮らせて、身体の相性がいい相手を今後探すのは難しいだろうとは言ってましたよね?」
「それだけ聞くと、僕は最低の人間だな。君もよくそれで了承したな」

 拓斗は頭を抱えた。全然伝わっていないじゃないかとブツブツ言っている。
 望晴は当時入籍を承諾したときの自分の考えを返した。

「愛されていなくても、一緒にいると落ち着くから……」
「ちょっと待て。愛されてない?」

 驚愕の顔で拓斗が迫ってきた。その迫力に望晴はのけ反った。

(あ、あれ?)

 ――ちゃんと君がいいと思って。
 ――今後、君以上の存在が現れるとは考えられない。

 先ほど言われた言葉を思い返す。
 拓斗は逃さないとばかりに、彼女の肩を掴んだ。

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