かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
「君は! 僕がなんの気持ちもなく、抱き続けていたと思っていたのか!?」
「だ、だって、特訓の一環で……その延長かと思って。一応、夫婦だし……」
「うそだろ……。君はそれに応えていただけだったというのか?」

 ショックを受けたように呆然と拓斗がつぶやく。望晴も弁解するように言った。

「『今日はどこまでする?』と言ってましたし……」
「それは君が特訓かと聞くから! ……ちゃんと言わなかった僕が悪いな。あのときは例の男に嫉妬して、早く君を僕のものにしたくなったんだ」

 あのとき拓斗がそんなことを考えていたとは、望晴は露ほども思っていなかった。さっきから、ただ驚くことしかできない。

「言わなくてもわかってもらえるというのは甘えだったようだな」

 額に手をやって、拓斗は深い溜め息をつく。
 そして、まっすぐ望晴を見つめた。

「望晴、君が好きだ。僕は君を手放したくない」

 少しの誤解も入る余地のない言葉に、望晴は息を呑んだ。
 でも、その言葉の意味をうまく消化しきれずに、ただただ彼を見つめる。

「……君は、違うのか……?」

 急に気弱そうな声になり、拓斗が首を傾げた。
 硬直が解けた望晴は勢いのままに返す。

「違わないです! 私も拓斗さんが好き! だから、他に好きな人ができて離婚したいと思われていたのがショックで――」
「だから、それは誤解だ!」

 必死の形相で拓斗が叫ぶ。
 でも、望晴はもう一つ疑問があるのに気づいた。

「それならなぜこのところ私と顔を合わせてくれなかったんですか? 私、避けられてると思って、よけいに拓斗さんはあの人が好きになったんだと思って」
「それは……」

 拓斗が気まずげに目を逸らした。
 望晴はまた不安になる。
 その表情を見て、拓斗は慌てて弁解した。

「すまない。顔を見てしまうと、手を出したくなってしまうから……」
「え? 手を出す?」

 拓斗は赤くなって、それをごまかすように髪を掻き上げる。
 ふぅと息をつき、白状するように言った。

「君がかわいすぎるから一緒に寝たくなって、一緒に寝たら、抱きたくなって。でも、それが君に負担をかけているのがわかったんだ。だから――」
「だから、避けたんですか!? ひどいです!」
「ごめん」

 目を伏せた彼の手を望晴は握った。
 驚いて拓斗が視線を上げる。

「勝手に負担だと決めつけるなんて、ひどいです!」
「望晴?」
「負担なわけないです! 私だって、一緒に寝たいし、抱き合いたいです……」
 
 最後は恥ずかしくなって、望晴は小さな声になった。
 そんな彼女を拓斗が抱きしめた。
 頬に口づけ、顔を寄せる。

「本当にすまなかった。これからはちゃんと言うから」
「約束ですよ?」
「あぁ」

(本当に拓斗さんは私のことが好きなんだ)

 彼の様子から、ようやく実感が湧いてくる。
 喜びがあふれて涙となり、望晴はボロボロと泣いた。
 拓斗は彼女の頭の上に顔を伏せ、つぶやいた。

「悪かった。君にそんな誤解させていて。君をここで捕まえられてよかった」

 彼の背中に腕を回し、すがりつくように望晴は泣いた。
 でも、それは、これまでの屈託をすべて洗い流すかのような涙で、胸に温かいものが広がった。
 ようやく望晴の涙が収まったころ、拓斗が言った。

「家に帰るか」
「そういえば、拓斗さん、お仕事は?」

 今さらながらに気づいて、望晴は心配になる。
 拓斗は口端を上げて、答えた。

「そんなもの、離婚届を見た瞬間にすべてキャンセルした。だから、今日の僕はフリーだ。帰ったら、覚悟しろよ?」 

 熱い瞳で見つめられ、望晴はぞくりとする。身体が彼に反応して、期待で震えたのだ。
 拓斗は望晴の荷物を持つと、もう一方の手で、彼女の手をしっかりと握った。

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