本日、初恋の幼なじみと初夜を迎えます。~国際弁護士は滾る熱情で生真面目妻を陥落させる~
 四人で部屋を出てエレベーターに乗り込んだ直後、足元から突然「ぱんらしゃ!」と大きな声がした。

「拓翔、ぱんださんを忘れて来たの? じーじに見せる風船に気を取られちゃったのね」
「ぱんらしゃぁ……」

 うるうると今にも泣きだしそうな瞳を見ただけで、今すぐ取って来てあげたくなる。
 私はここまでいいからすぐに戻ってあげてくださいと言おうとしたが、それより早くさやかさんが『開ボタン』を押した。

「私、ちょっと取って来ますね。香子さん、エントランスのソファコーナーですこしだけ待っていてもらえますか?」

 すぐにうなずいた。

「さやか、俺が行こう」

 結城首席が言ったが、さやかさんがすぐに首を振る。

「櫂人さんはせっかくですから香子さんとゆっくりお話されていてください」

 さやかさんに向かって両手を伸ばした拓翔君を、慣れた手つきでさっと抱え上げると、軽やかにエレベーターの外へ出て行った。あんな細い腕のどこにそんなパワーがあるのだろうと驚かされる。

「じゃあ俺たちは先に下りていようか。時間は大丈夫か、北山」
「はい」

 エレベーターが下がり始め、足元がフワンと一瞬無重力になる。「待たせて悪いな」「いえ」と短いやり取りのあと、小さな箱の中に沈黙が降りる。なんとなく黙って階数表示を見つめる。

「そういえば、意外だったな」

 ぽつりと聞こえた言葉に横を向く。
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