本日、初恋の幼なじみと初夜を迎えます。~国際弁護士は滾る熱情で生真面目妻を陥落させる~
 エントランスの自動ドアが開いた瞬間、むわっとした空気に包まれた。
 どこに行こうかなんてなにも考えないまま足を踏みだす。今はただ、ここから離れたかった。圭君の手の中から。

 湿った空気の中に身を投げるようにして、八月になったばかりの夜の街を歩き始めた。

 私はいったいなにを期待していたというのだろう。そもそもこれは打算交じりの〝ご都合婚〟じゃないか。それなのに今さら彼にひとりの女性として愛されたいだなんて考えるのはおかしい。これ以上わがままを言ってはいけない。

 まるで愛されていると錯覚するほど頻繁に体を求められても、それは結婚後には妻以外と肉体関係をもつわけにはいかないからだ。

 私達の関係はずっとこのままだろう。永遠に家族のまま。黙っていれば〝妻〟として大事にしてもらえる。〝ひとりの女性〟として彼に愛されることさえ望まなければいい。

 私はあのとき――〝運命の赤い糸〟を自ら引きちぎって捨てたときに、こうなることを覚悟しておくべきだったのだ。

 にじんだ涙を指の背でぬぐった。外の空気を吸ったおかげでいくぶん落ち着いてきた。そろそろ戻らないと、彼も電話を終えた頃かもしれない。

 途端、ハッとした。いったい今自分はどこにいるのだろう。思考に没頭しすぎて周りを見ていなかった。引っ越してきてから二か月、家と職場の往復ばかりでそれ以外のところはよく知らないのだ。
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