本日、初恋の幼なじみと初夜を迎えます。~国際弁護士は滾る熱情で生真面目妻を陥落させる~
 仕事のことかと思いきや、まさかの卵焼き⁉ 
 そう言えば昼間そんな話をしていたなと、今になって思い出す。

「いえ、さすがにそれは……奥様もお忙しいことと存じますし……」

 小さなお子さんがいて働いているのだから休みの日くらいのんびりしたはずだ。

「気兼ねしなくても大丈夫。彼女も乗り気になっていて、ぜひと言っている」

 本当に彼女は卵焼きをレクチャーしてもいいと思っているのだろうか。彼女に取ったら私は一方的にひどい言葉を投げつけてきた相手なのだ。

「いいのか?『弁当おかもと』の出汁巻き卵は絶品だぞ」
「弁当おかもとの出汁巻き卵……」

 一度だけ食べたことのあるその味を思い出した瞬間、口の中にじゅわりと唾液があふれた。あれは本当においしかった。ランチの配達を一度だけ頼んだときに、メインメニューが売切れてしまったからと言って店主が特別に焼いてくれたのだ。出来立ての卵焼きは、ひと口食べると中から出汁があふれてきて、卵のうま味と合わさって最高だった。家の近所にあれば毎日通いたいくらいだ。

「彼女は店主の孫娘だからな。ほかにもお弁当向けのメニューを教えてくれるだろう」

 言われて昼間見た首席のお弁当を思い出した。彩りがよくて、パッと見ただけで栄養バランス満点だとわかるほどだった。
 私もあんなお弁当を圭君に作ってあげたい。

『あんなお弁当』――私が数時間前に耳にしたその言葉には、憐れみと蔑みが込められていた。結城首席の奥様のお弁当とは正反対だ。
 そんなふうに言われるような弁当しか作れない自分が情けなく、それを彼に持たせてしまったことも悔やまれる。彼が食べるときに嫌な思いをしたかもしれないと思ったら、胸が締め付けられる。涙がにじみかけたのをきゅっと眉を寄せてこらえた。
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