契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 その上父が社長を務める会社の従業員である。
 興味本位でちょっかいをかけていい女性ではなかった。諸々のハラスメントに抵触しかねないではないか。
 それに社内で煩わしい関係を築く気は微塵もない。
 東雲は希実の存在を把握しつつも、必要以上に踏み込む気は一切なかったのだ。
 小さくて愛らしい子がいるな、と認識しているだけで充分だった。
 それでも見かけた際、自然と眼が行ってしまう程度に、気になっていたのだろう。
 要領が悪いところがあっても小さな身体で頑張っており、生真面目で丁寧な事務作業をこなす人材だと評価するくらいには、彼女を無意識に観察していたのだから。

 ――営業事務は会社にとって大事な仕事だ。作成された書類に不備があれば、あちこちに影響が出る。

 希実と東雲の接点は特にない。自分が営業部にいた頃には、彼女はまだ入社していなかった。
 だから書類の作成者として、彼女の名前を眼にするだけだ。
 けれどそのどれもが、見やすく丁寧に纏められていた。
 雑に前年のグラフを切り張りしたのではなく、比較対象が一目瞭然になるよう、色彩などにも配慮がされていた。
 高齢の役員はタブレットが上手く使いこなせず、未だ紙での資料を欲しがる者も多い。そんな彼らのために、さりげなく紙で出力したものを準備するようになったのは、希実の発案なのだとか。
< 109 / 288 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop