契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 勿論、紙がもったいない、余計な手間だという意見もある。
 しかし一気に全てを削減していく必要もないという考え方も、東雲は同意できた。
 結局、数人の幹部のためにわざわざ印刷することを営業事務の誰もが面倒がってやりたがらず、今では希実が一人で紙の書類を用意することになっているそうだ。
 簡単に言えば、『発案者だから』と押し付けられたのだろう。
 それでも生真面目に続けてくれている姿勢に、東雲は好感を持った。
 直接話したこともないのに。
 好印象だけが降り積もってゆく。
 視界に入ると、自然と頬が綻ぶまでになるのに時間はかからなかった。
 しかしだとしても名誉のために断言できるのは、『一定の線を越えるつもりはなかった』事実だ。
 働き者で親切な社員がいるのは、経営者にとって財産。
 それで終わる話だった。
 突如東雲と希実の距離感が狂ったのは、花蓮に地下倉庫へ連れ込まれたせいだ。
 昔から親を通じての知り合いだった分、邪険にできずにいたことが、彼女を増長させたらしい。
 すっかり東雲の恋人気取りになり、辟易していたところ『話がある』と呼び出された。
 こちらからもいい加減釘を刺そうと考えていたので、都合がいい――そんな風に思ったことが間違いだと分かったのは、脅迫まがいに迫られてからだった。
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