契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 どうにか母が場を明るくしようと頑張っているが、空回りしている。
 芸能人に引けを取らない美貌を前にして、浮かれているのがあからさまだ。舞い上がり乙女のように頬を染める母の姿なんて、正直見たいものではなかった。
 対して東雲はと言えば、落ち着いたもの。
 にこやかに返事をし、要領を得ない母の話に相槌を打ってくれている。
 ただし、古びた畳や使い古されたちゃぶ台、無数の傷が刻まれた柱などの光景が、絶望的に似合っていない。
 どう見ても、彼だけがこの場で浮いていた。

「……あんなすごい人がお姉ちゃんを選ぶとは信じられないんだけど」
「いいから口を噤んで」

 本当のことは絶対に言えない。
 希実は訝しげな愛実を軽くあしらった。
 だが内心では心臓がバクバクである。妹の指摘は、見事に核心を突いていた。

 ――鋭い。でも私だって信じられないことだらけで、今日こうして実家にいること自体、夢だと思いたいくらいなのよ……

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