契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 だが――どうしても動けなかった。
 指一本。瞼も。喉まで機能停止している。眼鏡を外されても、硬直したまま。
 役立たずに成り果て、あろうことか待ち望むように、希実は薄く唇を開いた。

「……っ」

 触れ合った唇は、想像よりずっと柔らかく――熱かった。
 耳殻をなぞる指先が、擽ったい。呼吸をしていいのかどうか判然とせず、希実は息を止めた。
 含み笑いが聞こえたのは、気のせいだろうか。
 希実の呼気を促すように後頭部から襟足にかけて撫でられ、背中をポンポンと叩かれた。
 それでも唇は解かれない。
 食いしばった歯列を彼の舌が辿り、こちらがビクッと慄けば、苦笑の気配と共に鼻が擦り合わされた。
 混乱の極致にあって次第に息が苦しくなってくる。
 されど嫌ではない。
 こんな不意打ちのキスに嫌悪感を抱かないことが不思議で、希実は一層何をどうすればいいのか分からなくなった。
 当然、呼吸は忘れたままだ。
 そろそろ限界に差し掛かり、東雲を押しやるべきかどうか迷う。
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