契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 けれど今朝はお弁当を作る余裕も、コンビニに寄る時間もなかったのだ。
 彼が会社まで車で一緒に行こうと譲らなかったせいで。

 ――断固断るべきだったのよね……でもこのところ心も身体も休まる暇がなくて、満員電車に揺られるよりも、快適な車で出勤の誘惑に抗えなかった……

 しかし会社に到着し、時間をずらして出社したものの、おそらく車に同乗しているところを誰かに見られたのかもしれない。
 爆発的に噂話が広がった原因が自分にあると思えば、希実はもう誰を怨めばいいのかも分からなくなった。

 ――でも考えてみたら、下手に『恋人』や『婚約者』として広まるより、よかったのかもしれない。だってたぶん不確かな関係だとしたら、私はひどい目に遭った可能性が高そう。

 全身に四方八方から突き刺さる刺々しい視線は、身の危険を感じるレベルである。
 嫉妬と嘲り。疑念と怒り。
 黒々とした悪意が総攻撃を仕掛けてくるようだ。
 これまで『安斎東雲の恋人は社内一の美女で常務の娘の飯尾花蓮』と認識されていたからこそ、彼に憧れる者は一歩引いていた。
 だがそこに希実如きがぽっと出で東雲を掻っ攫えばどうなることか。
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