契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 突如始まった女の戦いを面白がっている者や、更なる修羅場を期待する者、便乗して噂の真偽を確かめたいと望む者。
 それぞれの思惑が入り乱れている。
 一つだけ確かなのは、この場に希実に助け舟を出してくれる物好きはいないということだった。
 普段地味に静かに暮らす希実は、人の視線が集まるだけでも緊張する。
 強引に舞台の中央へ引き摺り出されたような感覚は、恐怖同然だった。
 包囲網が狭まる。
 中途半端に腰を上げた体勢では、素早く彼女たちを掻い潜ることもできやしない。
 それにこんなに注目を集めていては、無様に逃走するのは憚られた。

 ――でも、私は悪いことをしていない。委縮しないで堂々としていればいい……!

「……噂って、何の話ですか」

 震えた声は、情けないくらい小さなものだった。
 それでもこんな状況で喋れただけ、希実にしては快挙だ。
 全身全霊で勇気を掻き集め、震える腕を自ら掴んで励ました。

< 164 / 288 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop