契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 佐藤希実は、社会人になって三年目の二十五歳。
 生まれてこのかた、一度も染めたりパーマをかけたりしたことがない髪は、黒々とし艶やかである。
 肩辺りの長さにしているのは、縛ってしまえば楽だから以外の理由はない。
 化粧は薄く、服装はブラウスにグレーのスーツ。パンプスは三センチヒール。アクセサリーの類は持っておらず、眼鏡が唯一の装飾品ともいえた。

 一言で言えば、地味。

 どこにでもいる、ごくごく普通のOLだった。しかもかなり大人しい部類の。
 顔立ちや格好に華やかなところは一つもない。
 強いて長所を挙げれば、生真面目でコツコツ努力を重ねることが苦にならないことか。
 故に卒業した大学は、それなりの国立である。
 だがその他大勢に埋没するタイプであり、本人もそれを望んでいる。そういう、『静かに目立たず暮らしたい』性格なのだ。
 だからなのか、派手な人間には舐められることも珍しくなかった。
 特に今回希実に『地下倉庫へ行ってきて』と仕事を押し付けてきた同期の飯尾花蓮には、毎度便利に使われている。
 どうやら面倒事を丸投げしても構わない相手と見做されているらしい。
 さながら学生時代のヒエラルキーだ。
 美人で目立つ生徒に、ダサくて物静かな生徒は敵わない。いつの間にか当然の如く上下関係ができてしまう。
 それを薄々分かっていながら、『嫌』と言えないのが気弱な希実の性格だった。
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