契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 寄りたい店など勿論なく、希実は答えに窮した。
 下手に本音を言えば、東雲の気分を害してしまう予感がする。禁止ワードである『私なんて』を口にしなくても、意味は同じだ。
 希実が己を卑下することを嫌う彼が耳にして愉快ではあるまい。
 そこで言葉を選んでいると、東雲が大股で接近してきた。

「行くよ」
「え……っ」

 ぱっと手を取られ、歩き出す。
 社員食堂で助けてくれた時と同じ。
 けれどあの時との違いは、指を搦めた恋人繋ぎをされた点だった。

「し、東雲さん……っ?」
「僕は君と手を繋いで歩きたい。君は? 嫌なら離す。でも本音はこのまま握っていたい」

 ストレートに要望を口にされ、『嫌です』なんて返せるはずがなかった。
 そもそもちっとも嫌ではない。
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