契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 けれど口を開けば、情けなく嗚咽が漏れそうだ。
 嫌味な物言いをして、彼女と同じ土俵で争いたくもなかった。
 他者を貶め傷つけるためだけの言葉を吐きたくない。それは自分自身を惨めにするだけだと希実は知っていた。
 結果、希実の行動は逃げと捉えられたのか、駄目押しと言わんばかりに花蓮がいやらしく眼を細める。
 長く伸ばした爪で空中にクルクルと円を描いた。

「何故私が急にこんな話を持ちだしたのか、不可解でしょ? 実はね、この元婚約者――西泉さんが日本に帰っているのよ。貴女が蚊帳の外じゃ可哀相だから、私が教えてあげようと思ったの」
「……ご親切に、ありがとうございます」
「あちらも三十代になる前に落ち着きたくなったのかもね。それとも音楽で成功を収めたから、満を持して次のステップへ進むのかしら?」

 だからどうしたと切り捨てられないのは、不安の種を蒔かれた証だ。
 こんな情報だけで、簡単に希実は揺さぶられてしまった。
 それもこれも、コンプレックスの根っこの部分を見事に突かれたから。
 拭いされない『私なんて』の引け目を抉り出された。

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