契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 だが理屈ではないのだ。
 猜疑心は勝手に膨らんで、日々成長してゆく。
 その上、花蓮の余計な一言は毎日希実を苛んでいた。
 大っぴらに嫌がらせを仕掛けてこないところが悪質で、他の人間には分からないところでチクリチクリと攻撃される。
 たとえば突然ヴァイオリンの話題を振られたり、「東雲さんから連絡はあった?」と聞かれたりだ。
 全ては世間話の体。
 下手に過剰な反応をすれば、希実の方が奇異な眼で見られかねない。
 しかもこれまでそんな素振りはなかったのに、これ見よがしに視界に入る場所でクラシックの雑誌を広げられると、地味にストレスが溜まった。
 今日も、「あ、この方世界ツアー中なのよ。まさに凱旋よねぇ。今は関西にいるみたい!」
 と笑顔で宣われた。
 さりげなく指し示されたコンサート会場は、東雲が視察に行っている場所にほど近い。
 ニンマリと笑った花蓮は、当然計算づくで口にしている。
 まんまと瞳を揺らした希実は、曖昧な相槌しか打てなかった。

 ――苦しい。

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