契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 日々、窒息しそうになっている。
 仕事を終え家に帰っても、そこには東雲の気配がそこかしこに残っていた。
 以前であればそれが居心地の良さに繋がっていたけれど、今は痛みをもたらすものでしかない。
 彼の残り香や、気に入りの食器。愛用のグッズにいつも座っていた場所。
 共に暮らし始めて日数は短くても、思い出は数知れない。ふとした瞬間に泣きたくなる。
 そんな毎日の繰り返しだった。

 ――明日東雲さんが帰ってくる……

 そうしたら現実と向き合わなくてはなるまい。もう逃げるのも限界だった。

 ――昨夜の電話で、東雲さんは何か勘付いたかもしれない。

 希実に対し『顔色が悪いが、体調が悪いのか?』と聞いてきた。台詞だけなら、妻を気遣ってくれる優しい夫。
 画面越しでもこちらの変化に敏く、労わってくれている。
 にも拘らず手放しで喜べず、疑う自分が心底嫌だ。
 無理やり微笑んで、「少し疲れているみたい」とごまかしたものの、罪悪感に圧し潰されそうだった。
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