契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 ――今夜も東雲さんから連絡はあるのかな……出たくないな……

 いっそ忙しくて気づかなかった振りをしてしまおうか。
 狡い考えがチラリと過る。
 しかしそんな度胸もないくせにと、自分自身に苦笑した。
 パソコンを落し、まだ働いているフロアの社員に頭を下げ、先に退社する旨を告げる。
 皆、特にこちらを見るでもなく、手を振ったり「お疲れ様」と声をかけてくれたりした。
 一日中、花蓮からの嫌がらせに疲弊していた身としては、これくらい無関心な方がいっそ気が楽になる。
 ストレスの原因たる彼女は、就業時間の終わりと同時に席を立ったので、希実は余計に重圧から解放された気分になり――油断していた。
 廊下へ出て、エレベーター前でボンヤリとしている時に、花蓮に捕まってしまったのだから。

「もう帰るの? せっかくだから食事でもしていかない? どうせ東雲さんは今夜も戻らないものね」

 わざとらしい大きな声が、エレベーターホールに響いた。
 突然のことに驚いた希実の手首が、強めに掴まれる。
 痛みを覚え振り払おうとしても、一足早くやってきたエレベーターの中へ強引に引っ張り込まれた。
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