契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 皮肉にも、こんな時に限って他に人がいない。
 戸惑っている間に扉は閉められ、狭い空間に花蓮と二人きりになってしまった。

「……お疲れ様です。まだ、社内にいらしたんですね」
「化粧を直してから帰ろうと思って。私、化粧が剥げてテカった顔で帰るとか、無理だもの。みっともない状態で、よく出歩けるわよねぇ」

 暗に希実を揶揄しているのは、明らかだった。
 けれど全力で聞き流す。
 希実が反応せずにいると、彼女は面白くなさそうに舌打ちした。

「あーあ、今頃東雲さん美味しいもの食べているんだろうなぁ。それとももう部屋に入ったかなぁ?」

 チラチラとこちらの様子を窺いながら、花蓮が自身の毛先を弄っている。
 子どもっぽい挑発だと分かっていても、希実は指先が冷たくなるのを感じた。
 無視を決め込むつもりが、耳を塞ぐことはできない。
 聞きたくないことほど、勝手に飛び込んでくるから厄介だった。

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