契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 玄関ホールには人がほとんどいない。だが無人でもない。
 咄嗟に周囲に眼をやった希実は、苛立つ自分を懸命に宥めすかし、歩き出した。

「……言葉のままです。努力の方向性を間違っていますよ。もし私たちが別れたとしても、東雲さんには西泉さんがいるとおっしゃったのは飯尾さんです。それなら貴女が選ばれることはないですよね」

 それとも花蓮は、あれだけ絶賛していた小百合に己が勝てる部分があると思っているのか。
 流石にそこまで言えないが、希実は冷ややかに彼女へ視線をやった。

「はぁ……っ? 何様のつもり?」
「それはこちらの台詞です。夫婦のことに他人が口を突っ込むのは、やめてください。それから――、ここで大きな声を出すと注目を集めますよ」
「優等生ぶらないでよ!」

 希実が冷静に忠告したことも気に入らなかったのか、花蓮は落ち着くどころかますます興奮の度合いを高めた。
 突然彼女が叫んだことで、周りの人間が振り返る。
 運悪く他のエレベーターもやってきて、数人の人々が下りてきた。

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