契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
「え……何?」
「ほら常務のお嬢さんの……」
「もう一人は安斎さんの結婚相手じゃない?」

 ある意味社内の有名人である二人の顔は知られているようで、ヒソヒソ声が広がった。
 全員立ち止まり、一向にエントランスホールから外へ出ていく様子はない。
 突如始まった修羅場のせいで、野次馬根性を刺激された者、単純にどうすればいいのか分からず固まった者で希実たちは取り囲まれた。

「飯尾さん、静かに――」
「ああ、もう煩い! あんた如きに私が負けるなんてあり得ないでしょ。だったらあの元婚約者の方がずっとマシ。私は親切心で、東雲さんが他の女と過ごしているって教えてあげているの!」

 薄々予想はしていたが、やはり花蓮は希実に対し歪んだ嫉妬と優越感を拗らせていたらしい。
 自分より劣る女に東雲を奪われるのが我慢ならず、彼が振り向いてくれないなら、いっそ勝ち目のない相手と一緒になればいいと考えたのか。
 もしくは希実を傷つけることで己を慰めるつもりだったか。『私より下がいる』と確認したくて。
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