契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 目の前が暗転する。
 それは倉庫内の電灯が切れたという意味ではない。
 希実の意識的な何かが、ブツリと途切れたのだ。

「そんなに泣きそうな顔をしないでください。可愛くて、少々虐めたくなります」
「な……っ?」

 幻聴だろうか。そうであってほしい。
 とんでもない一言が聞こえた気もするが、希実は敢えて『空耳』だと切り捨てた。
 東雲の指先がこちらの頬へ触れる。
 家族でもない男性に、そんなことをされたのは初めて。
 ますます動けなくなった希実は、愕然としたまま彼を見返していた。
 長くしなやかな男の指が、皮膚を擽る。
 掻痒感と奇妙な疼きがそこから生まれた。
 初めは頬骨に沿って。そこから耳朶へ。更に唇の縁を。
 呼吸を忘れ、その感触に意識の全てが持っていかれる。喘ぐように継いだ希実の呼気は、仄かに艶めいた音を奏でた。

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