契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 彼の腕の檻に閉じ込められる。
 顔の横に手をつかれ、いわゆる壁ドン状態になった。
 鼻腔を擽るのは、上品な香り。おそらく東雲が愛用している香水だろう。
 希実はあまり匂いの強いものが好きではないが――不思議とその芳香は好ましいと感じた。
 不本意ながら緊張が緩む。こんなひと気のない場所で逃げ道を閉ざされているにも拘らず、警戒心と同等の何かが希実の心臓を弾ませた。

「佐藤さんがご覧になったように、僕は飯尾さんの所業に頭を悩ませています。今回は貴女のおかげで窮地を脱せましたが、また似たような事態が起こるでしょうね。彼女が素直に諦めてくれれば問題は解決しますが……それには僕が別の女性と結ばれるしかなさそうです」
「そう……ですか。それは大変ですね」

 当たり障りない返事で、曖昧に濁す。
 下手に同調するのは危険だと、希実の本能が警鐘を鳴らしていた。
 それが伝わったのかは不明だが、東雲がふっと口元を綻ばせる。
 あまりにも優美なその笑みは、そこはかとなく邪悪さも孕んでいた。

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