契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 誰に確認するでもなく、胸中で独り言ちる。
 こんな煮え切れなさだから、花蓮にもいいように利用されるのだと情けなくもなったが、性分なのでどうしようもない。
 せめてもの反抗心で今日のところはもう帰ろうと決め、希実は勢いよく席を立ち荷物を纏めた。
 だがぐちゃぐちゃ悩むまいと気持ちを切り替えた矢先、更なるトラブルが襲ってくる。
 それは母からの電話。
 携帯電話の液晶画面に表示された『お母さん』の文字に気分が急降下したものの、出ないわけにはいかなかった。
 希実が気づかぬ振りでやり過ごせる性格なら、おそらくもっと生きやすいはずだ。
 けれど怯む心を裏切り、指先は従順に通話を選んでいた。

「……はい」
『もう仕事は終わっている時間よね? ちょっと話したいことがあるのよ』
「丁度帰るところだけど、まだ会社にいるから手短にお願い」

 社内の廊下で、多大なる疲労感に襲われる。下手に『まだ仕事中』だと告げれば、『女の子を遅くまで働かせる会社なんて辞めてしまいなさい』と言われかねないなと苦笑が滲んだ。

『こんな時間まで引き留められているの? 全くもう、これだから都会は怖いのよ。やっぱり身内や知り合いばかりの生まれ故郷が一番ね』

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