契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 社内でも有名な二人なので、間違えようもない。おそらく、この会社の社員なら誰だって二人を知っているに決まっていた。
 それほど有名人なのだ。
 何せ飯尾花蓮は社内一の美女にして『恋人にしたい女性』の代名詞。入社当初から注目を集め、数多の男性を虜にしてきたそうだ。
 その上、彼女の父親はこの会社の常務である。つまり、花蓮を射止めれば出世が約束されたのも同然。
 にも拘らず、あまりの高嶺の花かつ『とある噂』により、彼女に軽々しく言い寄る男性はいなかった。
 その『噂』とは。

 ――飯尾さんは安斎さんと結婚を前提に付き合っているんじゃなかったの……?

 並び立つと迫力の美形カップルたる二人は、社内で公認の仲である。
 彼らを狙う男女はそれぞれいても、到底付け入る隙や己に自信が持てず諦めるのが関の山。
 完全無欠の恋人の間に割って入るには、凡人では不可能だ。そう思わせるだけのオーラが、東雲と花蓮が揃うと倍増し、結果指を咥えて見る他なくなる。
 だが漏れ聞いてしまった会話から推察するに、どうやら事実と齟齬があるらしい。
 まるで二人は結婚前提どころか、恋人ですらないようではないか。
 希実は盗み聞きは駄目だと自身に言い聞かせつつも、耳を澄ませるのを止められなかった。

 ――私の幻聴? でもさっき安斎さんは『交際する気はない』って言ったよね……?
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