契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 確かに彼の言う通りだ。説得力もある。
 だがそれは常に自信を持って生きている者の言葉。
 希実のようにマイナス思考の癖がある人間には、力強く頷くのは難しかった。

「でも……不安です。私、嘘を堂々と吐ける強さはありません。努力はしますが、東雲さんに対して恋人の空気を出せるか不安で……」

 不安どころか、全くもって自信がなかった。
 もっとハッキリ言うなら、無理だ。
 だいたい『恋人の空気』が如何なるものか、正直分からないのだから。

 ――名前を呼ぶだけでも心臓が痛いのに、これ以上何をどうすればいい感じの雰囲気が出るのか、考えが及ばないわ……!

 こうして車内で二人並んでいるだけでも動悸息切れが尋常ではない。
 ソワソワして一刻も早く車を降りたいのに、甘苦しさが嫌ではないのも事実だった。
 視界の端に整い過ぎた顔が映る。
 端正な横顔は、彫像のようだ。
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