曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第五話 ショッピングモールで魔法にかけられる

 当たり前のように靴を入れたショッピングバッグを理人が持ち、空いた片手で希空の手を求めてきた。
 
 自分ごときが、彼に触れる権利をもらえた。おずおずと手を伸ばせば、捕まえられて指と指を絡められる。

 恋人繋ぎ。
 彼の手の大きさ、温かさに意識が集中する。

 ……理人から熱のこもったメッセージをもらった時など、恋人っぽいことをしている想像をしたことがある。
 けれど、現実となると理解がついてこない。

「さ、次に行こう」

 理人は颯爽と歩いて希空を次の店にいざなった。

 ショウウインドウに描かれているロゴから、希空でも知っている、海外ブランドを扱っているセレクトショップだとわかる。

 今度は理人自らどんどん服を持ってくるが、明らかに女性物だ。

「あ、あの……?」

 希空がおろおろしていると、理人はさきほど買ったばかりの靴を取り出し、彼女に履かせる。
 そして彼女を姿見の前に立たせると、服を片っ端から当てていくのだ。

「今度はなにを」

「気に入った靴が見つかったから、次は似合う服を選ぶんだよ」

 これとこれ、こっちも着て見せて。
 三着も持たされて試着室へ移動させられる。

「……えっと?」
 希空は服を抱えたまま、途方に暮れる。

「希空? 着替えたら見せて?」
 催促されて、飛び上がりそうになる。

「むむ無理ですっ」
 希空は青くなった。

「無理じゃない。近くで見ているだけでは服の良さはわからないよ。少し離れたところからも確認しないと」

「でも……」

 他人に、ましてや理人に見てもらうなんて、恥ずかしい。
 希空は着るだけ着て鏡で確認したら、さっさと試着室から出てしまうことにした。

 しかし、理人には希空の企みなどお見通しだったらしく、朗らかな声が聞こえてくる。

「見せないなんて許さないよ。十秒のちに出てこないと、俺が中に入るけど?」

「…………わかりました……」

 希空は一枚目のワンピースを頭からかぶると、即座に出てきた。

 まずは淡いグレーのエレガントなワンピース。
 アンダーバストに同色のリボンがボディスを一周していて、その下からはシフォンのドレープが美しい。

「お胸が豊かでウエストが細く、脚が長くていらして! 身長が高くて羨ましいですわ」 

 店員の褒め言葉に、希空はほんのり頬を染めた。

「希空、素敵だ」

 ……不思議なことに、プロが言ってくれるより、理人に太鼓判を押されるほうが自信になる。

 次は目に鮮やかなスカイブルーのワンピース。
 ウエストから生地にスリットが入っており、割れ目からは白からスカイブルーへのグラデーションになっているプリーツが動きに合わせて、ひらひらと揺れる。
 
「大胆なものも、希空が着ると全然イレギュラーじゃないだろう?」

 彼女の後ろから覗き込んできた理人が、耳もとで訊ねてくる。

「……はい」

 無意識に肯定していた。

 最後はアイボリー色のワンピース。
 首前がスクエアに開いたデザインに、チョーカーをしたようなボディス。こちらもウエストまで綺麗にシェイプされている。そして。

「わあ……!」
 鏡を覗き込んだ希空は思わず歓声をあげた。

 スラッシュスリーブからは、彼女が動くたびに腕が見えてセクシーだ。
 アシメトリーなスカラップの裾が優雅に揺れている。
 左見頃はふくらはぎくらいまでの長さがあるのだが、右見頃は膝の上ほどになっている。
 女性らしいのに、不思議と清潔感が漂う。

「決まりだな」

 理人が満足そうに言い、クレジットカードを店員に手渡しているのを、希空はうっとりと見送ってしまい。

 は、と気がついた時にはアイボリーのワンピースを着たまま、理人に腰を抱かれてショップを出ていた。
 おまけにヒールも履いてしまっている。

「なんで買っちゃうんですかっ」 

 非難すべく顔を上げれば、すぐ近く、しかも上に理人の顔がある。新鮮だった。

「買いたいから」
「どうして?」

「希空に背筋を伸ばして生きてほしいから、かな」
「え……?」

 希空は立ち止まった。
 二人はいつの間にかBCストリートを歩ききり、豪華客船が碇泊する大桟橋を望める公園に入っていた。ちょうどベンチがある。

「寒くなければ、座ろうか」

 理人に促されて希空は腰を下ろす。
 すると彼も並んで座った。

 ……理人に近い側の腕が、彼の体温を感じ取ろうとしている。
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