曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第八話
食事を誘われたのはわかっていたが、頭がふわふわして、よく理解していなかった。
キスだけで下半身に力が入らなくなり、体の中央が疼いている。
彼に腰を抱かれるまま、どこかを歩いて行く。
理人が足を止めたのはショッピングモールにある、レストランの一つのようだった。
多分、アラビア文字だと思われる店の名前の下に、カタカナで「コシャリ」と書かれている。
「『コシャリ』とは「混ぜる」という意味なんだ」
理人が教えてくれた。
米に炒めたバーミセリ(細いパスタ)、マカロニ、豆を加え、フライドオニオンとトマトソースをかけ、それを混ぜ合わせる料理なのだそうだ。
「俺もエジプト行って初めて知ったんだけど、ソウルフードらしい」
そのせいか、エジプト旅行から帰ってきた日本人に思い出はなにかと質問すると、「ピラミッド・スフィンクス・コシャリ」と言われるほどだという。
「腹持ちがいい割にヘルシーで。現地に到着した一日目、俺は必ずこれを食べる」
シンプルな食材ゆえに店ごと家ごとに違い、同じ味がないと言われるほど奥が深い料理だという。
希空は興味を惹かれた。
「食べてみたいです」
「ありがとう」
理人は、まずは一番スタンダードなものを頼んでくれた。
ワクワクしている希空に理人が手本を示す。
別添えのトマトソースに卓上の「シャッタ」(唐辛子+コリアンダー+水をベースにしたオリジナルソース)と、現地では「ダッア」(ニンニク+クミン+レモン+塩+酢)と呼ばれている調味料を好みの量加える。
「で、コシャリにかけて、ぐしゃぐしゃに混ぜるんだけど。俺の好みはこんな感じ」
さじに少しとらせて、舐めさせてくれた。
「大丈夫? 油断すると、あとで辛くなってくるよ」
心配そうに見つめてくれる。
……確かに、じわっと辛さがきたけれど、これくらいまでなら、平気だ。
「大丈夫です」
「じゃあ、これを全体にかけてしまっていいかな?」
希空はコクコクと頷く。
「んっ」
最初の一口目を、びくびくしながらスプーンで口に運んだあと、希空は目を見張った。
「酸っぱさが美味しい!」
「だろ」
「口の中が、ザクザクとかコロンコロンとか、モチモチ。とにかく色々な感触で楽しい!」
はしゃいだ希空は取り皿にとってもらったコシャリを元気よく平らげた。
彼は他にもデュカ(複数のスパイスとナッツを混ぜ合わせたもの)を振りかけたサラダ。コフタ(牛肉やラムに玉ねぎを加えた肉団子)、モロヘイヤスープを頼んでくれた。
希空はどれも美味しく食べられた。
デザートとコーヒーを頼んだとき。ふ、と店内の照明が落とされた。
エキゾチックな音楽が流れてくる。
なにがあるのだろうと希空がキョロキョロしていると、ふいに店の中央にスポットライトが当たった。
長い黒髪を靡かせながら現れた女性ダンサーは、ブラジャー風のトップスとハーレムパンツの他には、ビーズやコインしか身につけていない。
彼女は、テーブル席の客達に向かって妖艶に微笑んだ。
希空の目が自然にすい寄せられていく。
ダンサーが音楽に乗って優雅に腕をしならせ、腰で八の字を描く。
上半身とお腹周りの筋肉で身体を波打たせる動きなどを組み合わせて、踊っている。
動きに合わせてコインがしゃらしゃらと涼やかな音を立てるのだが、まるで演奏の一部かと思うくらい曲やダンサーの振り付けと合っている。
首の後ろに回した手で髪を持ち上げ、胸を突き出してきたかと思えば、他はまったく動かさず首だけ左右に動かした。
「すごい……!」
豊満、という表現が相応しい踊り。
妖艶なのに、いやらしくない。
「……媚びを売っているというよりは、自分が楽しくてそうしてるみたい……そうか、こういうのがセクシーなんだ……」
希空の口からひとりでに言葉が漏れる。
今まで、いかがわしいとかダンスというイメージしかなかった。
けれどダンサーが堂々と、そして楽しそうに踊っている姿に、希空は夢中になった。
希空にそっと理人が話しかけてきた。
「ベリーダンスはエジプトで始まったとされるが、イスラム教圏ではよく踊られている」
「え?」
希空は夢から覚めたときのような反応をする。
「あれ、聞いてたんだ?」
逆に、驚かれた。
「はい、理人さんの声は自然に拾ってしまうというか……」
すごいことを言ってしまい、希空の顔が真っ赤になる。
「ありがとう。……ベリーダンスは世界最古の踊りと言われている」
理人もほんのり赤くなりがら、教えてくれる。
「この踊りを世界に広めたのは、インド北部にいたジプシー達だそうでね」
彼らは、七〜八世紀頃にインドから西へと移動を始め、中東からヨーロッパの方にまで移動していったらしいと。
希空は理人からの説明を聞きながら、古くから土地土地で踊っては旅するジプシーを想像する。
「長い年月で変化してたりするらしい。だが豊穣祈願の踊りとして、脈々とアラブの女性たちに受け継がれてきたんだと」
想像外だったので、希空は目をぱちくりさせた。
ダンサーが身につけている扇情的な衣装から、希空はベリーダンスの起源はハーレムの女性が主である男性を夜の褥に誘う踊りなのだと想像していた。
……それがいつしかショー化した踊りなのだと、勝手に思い込んでいたのだ。
「エジプトでは、結婚式には必ずダンサーを招くんだそうだ」
ダンサーが子孫繁栄のため、花嫁のお腹に手をかざして祈願する。
「そういう神社さん、日本にもありそうですね」
「ああ」
理人も同意してくれた。
「ベドウィン(砂漠に住む遊牧民族)だと、出産している女性の周りでダンスを踊るという風習があるらしい」
「どこの地域でも、やっぱり女性のための踊りなんですね」
希空は驚いたようにつぶやくと、また目をダンサーに戻した。
ダンサーは自由に踊っているのかと最初思っていたのだが、胸や肩、腰などを主に動かしていることに気がついた。さらには動かしかたが何パターンかあるらしい。
一人目のダンサーが踊り終わった。
「ベリーって、腹の意味なんだ」
直訳すると、腹おどり。
「……日本のとは全然違いますね」
小さいころ、酔っ払った父が姉妹に腹に落書きさせてくれては踊り出した。
「現在のベリーダンスは、アメリカが一大流行地なんだ。彼らからしたら遊び心のないストレートな名前なんだけど、腹筋とか腰を使う躍りだからピッタリな名前だと思う」
「アメリカ?」
希空はまた驚いた。
西洋、しかもキリスト教圏でも、受け入れられているのか。
理人は頷く。
「エジプトでもトルコでも踊られているけど、タイプは違うし名称も違う」
エジプトでは「自然の踊り」を表す言葉で呼ばれているし、アラブでは「民族舞踊」、トルコやヨーロッパでは「オリエンタル・ダンス」などと呼ばれている。
それぞれの名前を噛み締めて、希空はつぶやく。
「……関わり合い方で、名前が違うんですね……。それにしても」
希空は改めて目の前の男を見た。
「理人さん、お詳しいですね?」
それともパイロットだから、世界の色々なことに通じているのだろうか。
理人がイタズラっぽく笑った。
「実はハマってて。トルコやエジプトにフライトで行くたび、ベリーダンスがやってるレストランを探してる。アメリカでも、たまにね。……ここは純然たるエジプシャン式ではないみたいだけど」
「え」
希空は自分が剣呑な表情を浮かべているのを感じる。
キスだけで下半身に力が入らなくなり、体の中央が疼いている。
彼に腰を抱かれるまま、どこかを歩いて行く。
理人が足を止めたのはショッピングモールにある、レストランの一つのようだった。
多分、アラビア文字だと思われる店の名前の下に、カタカナで「コシャリ」と書かれている。
「『コシャリ』とは「混ぜる」という意味なんだ」
理人が教えてくれた。
米に炒めたバーミセリ(細いパスタ)、マカロニ、豆を加え、フライドオニオンとトマトソースをかけ、それを混ぜ合わせる料理なのだそうだ。
「俺もエジプト行って初めて知ったんだけど、ソウルフードらしい」
そのせいか、エジプト旅行から帰ってきた日本人に思い出はなにかと質問すると、「ピラミッド・スフィンクス・コシャリ」と言われるほどだという。
「腹持ちがいい割にヘルシーで。現地に到着した一日目、俺は必ずこれを食べる」
シンプルな食材ゆえに店ごと家ごとに違い、同じ味がないと言われるほど奥が深い料理だという。
希空は興味を惹かれた。
「食べてみたいです」
「ありがとう」
理人は、まずは一番スタンダードなものを頼んでくれた。
ワクワクしている希空に理人が手本を示す。
別添えのトマトソースに卓上の「シャッタ」(唐辛子+コリアンダー+水をベースにしたオリジナルソース)と、現地では「ダッア」(ニンニク+クミン+レモン+塩+酢)と呼ばれている調味料を好みの量加える。
「で、コシャリにかけて、ぐしゃぐしゃに混ぜるんだけど。俺の好みはこんな感じ」
さじに少しとらせて、舐めさせてくれた。
「大丈夫? 油断すると、あとで辛くなってくるよ」
心配そうに見つめてくれる。
……確かに、じわっと辛さがきたけれど、これくらいまでなら、平気だ。
「大丈夫です」
「じゃあ、これを全体にかけてしまっていいかな?」
希空はコクコクと頷く。
「んっ」
最初の一口目を、びくびくしながらスプーンで口に運んだあと、希空は目を見張った。
「酸っぱさが美味しい!」
「だろ」
「口の中が、ザクザクとかコロンコロンとか、モチモチ。とにかく色々な感触で楽しい!」
はしゃいだ希空は取り皿にとってもらったコシャリを元気よく平らげた。
彼は他にもデュカ(複数のスパイスとナッツを混ぜ合わせたもの)を振りかけたサラダ。コフタ(牛肉やラムに玉ねぎを加えた肉団子)、モロヘイヤスープを頼んでくれた。
希空はどれも美味しく食べられた。
デザートとコーヒーを頼んだとき。ふ、と店内の照明が落とされた。
エキゾチックな音楽が流れてくる。
なにがあるのだろうと希空がキョロキョロしていると、ふいに店の中央にスポットライトが当たった。
長い黒髪を靡かせながら現れた女性ダンサーは、ブラジャー風のトップスとハーレムパンツの他には、ビーズやコインしか身につけていない。
彼女は、テーブル席の客達に向かって妖艶に微笑んだ。
希空の目が自然にすい寄せられていく。
ダンサーが音楽に乗って優雅に腕をしならせ、腰で八の字を描く。
上半身とお腹周りの筋肉で身体を波打たせる動きなどを組み合わせて、踊っている。
動きに合わせてコインがしゃらしゃらと涼やかな音を立てるのだが、まるで演奏の一部かと思うくらい曲やダンサーの振り付けと合っている。
首の後ろに回した手で髪を持ち上げ、胸を突き出してきたかと思えば、他はまったく動かさず首だけ左右に動かした。
「すごい……!」
豊満、という表現が相応しい踊り。
妖艶なのに、いやらしくない。
「……媚びを売っているというよりは、自分が楽しくてそうしてるみたい……そうか、こういうのがセクシーなんだ……」
希空の口からひとりでに言葉が漏れる。
今まで、いかがわしいとかダンスというイメージしかなかった。
けれどダンサーが堂々と、そして楽しそうに踊っている姿に、希空は夢中になった。
希空にそっと理人が話しかけてきた。
「ベリーダンスはエジプトで始まったとされるが、イスラム教圏ではよく踊られている」
「え?」
希空は夢から覚めたときのような反応をする。
「あれ、聞いてたんだ?」
逆に、驚かれた。
「はい、理人さんの声は自然に拾ってしまうというか……」
すごいことを言ってしまい、希空の顔が真っ赤になる。
「ありがとう。……ベリーダンスは世界最古の踊りと言われている」
理人もほんのり赤くなりがら、教えてくれる。
「この踊りを世界に広めたのは、インド北部にいたジプシー達だそうでね」
彼らは、七〜八世紀頃にインドから西へと移動を始め、中東からヨーロッパの方にまで移動していったらしいと。
希空は理人からの説明を聞きながら、古くから土地土地で踊っては旅するジプシーを想像する。
「長い年月で変化してたりするらしい。だが豊穣祈願の踊りとして、脈々とアラブの女性たちに受け継がれてきたんだと」
想像外だったので、希空は目をぱちくりさせた。
ダンサーが身につけている扇情的な衣装から、希空はベリーダンスの起源はハーレムの女性が主である男性を夜の褥に誘う踊りなのだと想像していた。
……それがいつしかショー化した踊りなのだと、勝手に思い込んでいたのだ。
「エジプトでは、結婚式には必ずダンサーを招くんだそうだ」
ダンサーが子孫繁栄のため、花嫁のお腹に手をかざして祈願する。
「そういう神社さん、日本にもありそうですね」
「ああ」
理人も同意してくれた。
「ベドウィン(砂漠に住む遊牧民族)だと、出産している女性の周りでダンスを踊るという風習があるらしい」
「どこの地域でも、やっぱり女性のための踊りなんですね」
希空は驚いたようにつぶやくと、また目をダンサーに戻した。
ダンサーは自由に踊っているのかと最初思っていたのだが、胸や肩、腰などを主に動かしていることに気がついた。さらには動かしかたが何パターンかあるらしい。
一人目のダンサーが踊り終わった。
「ベリーって、腹の意味なんだ」
直訳すると、腹おどり。
「……日本のとは全然違いますね」
小さいころ、酔っ払った父が姉妹に腹に落書きさせてくれては踊り出した。
「現在のベリーダンスは、アメリカが一大流行地なんだ。彼らからしたら遊び心のないストレートな名前なんだけど、腹筋とか腰を使う躍りだからピッタリな名前だと思う」
「アメリカ?」
希空はまた驚いた。
西洋、しかもキリスト教圏でも、受け入れられているのか。
理人は頷く。
「エジプトでもトルコでも踊られているけど、タイプは違うし名称も違う」
エジプトでは「自然の踊り」を表す言葉で呼ばれているし、アラブでは「民族舞踊」、トルコやヨーロッパでは「オリエンタル・ダンス」などと呼ばれている。
それぞれの名前を噛み締めて、希空はつぶやく。
「……関わり合い方で、名前が違うんですね……。それにしても」
希空は改めて目の前の男を見た。
「理人さん、お詳しいですね?」
それともパイロットだから、世界の色々なことに通じているのだろうか。
理人がイタズラっぽく笑った。
「実はハマってて。トルコやエジプトにフライトで行くたび、ベリーダンスがやってるレストランを探してる。アメリカでも、たまにね。……ここは純然たるエジプシャン式ではないみたいだけど」
「え」
希空は自分が剣呑な表情を浮かべているのを感じる。