曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第二話
彼が、己をSWANの御曹司であることを明かしてくれた一週間後。
『希空。ご家族に会いに行ってもいいか』
中番で帰宅していた希空のもとに、理人からメッセージが届いた。
彼は今日、アメリカのラ・ガーディア空港に向けて飛び立つ。
『五日後に鳥取行きに乗るんだ』
希空の両親は父の勇退後、鳥取空港に転勤になった姉の子育て支援のため、一緒について行っている。
『その日、俺は始発から鳥取行きの機長を務める』
一往復半飛び、鳥取でステイ。
帰りは客席に搭乗し、業務移動してくることになっているという。
『できれば五日後の夜、訪問の許可が欲しい』
希空の目がカレンダーを彷徨う。
自分と理人が互いの存在を知りつつも、初めて会ったのは三ヶ月と八日前。
あと五日で、結婚を前提とした恋人として彼は両親に会いに行きたいと言ってくれている。
「展開が早い……」
希空がつぶやくのも無理はない。
『希空の気持が固まっていないことはわかっている。いつまでも待つつもりではいるが、早く君と暮らしたい。希空のGOサインが出たら入籍しよう。そのためにはご家族に挨拶しておかないと失礼だ。……場合によっては父上から一発頂戴するのを覚悟している』
一言一言がラブレターのようだった。心配が消えていく。
「……私も理人さんと暮らしたいです」
メッセージを送ると、即返ってきた。
『ありがとう』
メッセージアプリでやり取りしているものの、なかなか時間が合わなくて動画での交流もままならない。
一緒にすめば、互いの息遣いが聞こえる。
相手の体温に包まれて眠ることもできる。
親に挨拶せずに同棲することもできるのに、きちんと筋を通そうとしてくれる理人が嬉しい。
「こちらこそ、ありがとうございます。両親に理人さんが訪問してくれること、伝えます」
『よろしくたのむ』
メッセージは凛々しいのに、青ざめてブルブル震えているクマのスタンプが送られてくる。
どういうチョイスかな、と思いつつ希空は父のメッセージアプリに送信した。
『突然ですが、結婚前提のお付き合いをしている方がいます。一緒に住むまえに、相手の方がお父さん達に挨拶したいと言ってくれました。仕事はパイロットをしている方で、五日後に機長として鳥取を訪れるそうです。その日の夜、どうでしょうか。あ、私は仕事で行けません、ごめんなさい』
我ながら爆弾みたいなメッセージだな、と苦笑する。
父は機械に明るいし、姪っ子を預けている保育園からメッセージが届くから携帯をまめに気にしているはず。
希空は返事が届くのを待つあいだ、恋人を励ますつもりで返事を書く。そして、家族について書いた。父のこと、母のこと。シングルマザーの姉と姪のこと。……個人的勘だが姉の恋人は他社のパイロットではないか、と思っていることを。
『それは、分が悪いな』
真っ青なクマが送られて来た。
『お父上としては、俺が仮想敵と同じに見えてるかもしれないない。……会うのも嫌がられそうだな』
「あくまで勘なので」
『だがお義姉さんの職業がディスパッチャーなら、希空の言ってることは確率が高い』
腕組みをしているクマのスタンプが雄々しく言う。
『でも、希空を諦めてると言う選択肢はない。お許しいただくしかないな』
「理人さん、好きです。大好きです」
勇気一〇〇倍、と言うクマが送られてきた。けれど、まだ震えている。
「……お父さん、殴りませんよ?」
『男の様式美というやつかな』
希空は恋人からの返事に頭を捻った。
「……どういう意味ですか」
『聞いたことない? 娘が欲しいなら俺を倒してからにしてもらおう とかのセリフ』
ドラマを見ていた父が号泣した記憶ならある。
『俺だって、希空との間に生まれた娘をほしいって男が頭を下げにきたら威嚇するよ。自分が認めた男じゃないと、娘はやれない』
力こぶを誇示するクマのスタンプとともに、そんなメッセージがきた。
そういえば、確か。
休憩室での会話を思い出したので、理人に書き送る。
「リーダーは『娘が嫁にいくなら俺もついていく!』って言ってました」
『奥さんを置いて?』
ギョッと目を剥いているクマのスタンプがきた。怖い。
「いえいえ、奥さんと一緒に」
『納得』
ちょうど父から諾の返事がきたので、理人に教える。
「一緒に行けなくて、ごめんなさい」
謝りの言葉と共に住所と地図を送った。
……グラハンメンバーに怪我人とノロウイルスの罹患者がでてしまったので、他のメンバー達と話し合い、全員で残業時間を増やしたりしてカバーしている。
そのため、しばらくは正規の休み以外は言い出せない。
『希空の事情はわかっている。惚れた女を手に入れるために、男が必ず通る道だから』
「くぅぅー、なんてカッコいいのかな!」
携帯を持ってベッドの上で転がりまくってしまった。
『惚れ直した? 愛してるよ、おやすみ』
悶えていたのがバレているらしく、ドヤ顔のクマのスタンプがきた。
「今、惚れ直して身悶えしていたところです。私も愛してます。おやすみなさい」
特大キスマークのスタンプを送って、今日の語らいは終わった。
ベッドに身を投げ出し、天井をぼんやりみる。
恋人の言葉が脳裏に蘇ってくる。
「子供かあ」
私と理人さんの。
想像して、自分の頬がぽぽぽっと赤くなったのがわかる。
「理人さんに似たら、男の子でも女の子でも美形に育ちそう」
自分という要素が心配だが。
「子供達に『なんでお父さんそっくりに産んでくれなかったの、お母さんのバカー!』って泣かれちゃうよね」
自分をディスる言葉なのに、我しらず希空は柔らかい表情になっている。
「すかさず理人さんが『お母さんは俺に惚れられる、すごい女性なんだよ』って言ってくれそう」
根拠はないが。
しかし、彼から自分がきちんと敬われ、大事にされているのをひしひしと感じる。
「私も子供達に『お母さんだから、お父さんが見つけてくれたのよー』って自慢しちゃいそう」
ふふ、と笑いかけて。希空は、とても自然に理人との未来を想像している自分に気づいた。
「会いたいな」
私達の子供に。
希空はなにも入っていない自分の腹を撫でる。
将来、身裡に命を授かった自分の横に、あたりまえのように理人がいてくれる。
怖いことはなにもないのだと思った。
——彼が自分を愛してくれている限り。
東京から鳥取へ行く時刻表を調べてみた。
「SWAN二九一……。六時二十五分にこっち発。あっち発が八時三十分発。二往復目が長めの休憩とって十三時二十五分に出発して、あっちに到着が十四時四五分予定」
一機目のブロックアウトから三機目のブロックインの時間だけでも、八時間二〇分勤務になる。
デブリーフィングがあるから、もう少し空港に滞在する時間が長くなるだろう。
疲れていないはずがない。
「そんな中で、両親に会いに行ってくれるんだ……」
感謝しかない。
「どうか、お父さん達が許してくれますように」
どうなったのか聞きたくてそわそわしてしまうだろうが、あいにく希空は五日後、中番だ。結果を聞くのは六日後かもしれない。
『希空。ご家族に会いに行ってもいいか』
中番で帰宅していた希空のもとに、理人からメッセージが届いた。
彼は今日、アメリカのラ・ガーディア空港に向けて飛び立つ。
『五日後に鳥取行きに乗るんだ』
希空の両親は父の勇退後、鳥取空港に転勤になった姉の子育て支援のため、一緒について行っている。
『その日、俺は始発から鳥取行きの機長を務める』
一往復半飛び、鳥取でステイ。
帰りは客席に搭乗し、業務移動してくることになっているという。
『できれば五日後の夜、訪問の許可が欲しい』
希空の目がカレンダーを彷徨う。
自分と理人が互いの存在を知りつつも、初めて会ったのは三ヶ月と八日前。
あと五日で、結婚を前提とした恋人として彼は両親に会いに行きたいと言ってくれている。
「展開が早い……」
希空がつぶやくのも無理はない。
『希空の気持が固まっていないことはわかっている。いつまでも待つつもりではいるが、早く君と暮らしたい。希空のGOサインが出たら入籍しよう。そのためにはご家族に挨拶しておかないと失礼だ。……場合によっては父上から一発頂戴するのを覚悟している』
一言一言がラブレターのようだった。心配が消えていく。
「……私も理人さんと暮らしたいです」
メッセージを送ると、即返ってきた。
『ありがとう』
メッセージアプリでやり取りしているものの、なかなか時間が合わなくて動画での交流もままならない。
一緒にすめば、互いの息遣いが聞こえる。
相手の体温に包まれて眠ることもできる。
親に挨拶せずに同棲することもできるのに、きちんと筋を通そうとしてくれる理人が嬉しい。
「こちらこそ、ありがとうございます。両親に理人さんが訪問してくれること、伝えます」
『よろしくたのむ』
メッセージは凛々しいのに、青ざめてブルブル震えているクマのスタンプが送られてくる。
どういうチョイスかな、と思いつつ希空は父のメッセージアプリに送信した。
『突然ですが、結婚前提のお付き合いをしている方がいます。一緒に住むまえに、相手の方がお父さん達に挨拶したいと言ってくれました。仕事はパイロットをしている方で、五日後に機長として鳥取を訪れるそうです。その日の夜、どうでしょうか。あ、私は仕事で行けません、ごめんなさい』
我ながら爆弾みたいなメッセージだな、と苦笑する。
父は機械に明るいし、姪っ子を預けている保育園からメッセージが届くから携帯をまめに気にしているはず。
希空は返事が届くのを待つあいだ、恋人を励ますつもりで返事を書く。そして、家族について書いた。父のこと、母のこと。シングルマザーの姉と姪のこと。……個人的勘だが姉の恋人は他社のパイロットではないか、と思っていることを。
『それは、分が悪いな』
真っ青なクマが送られて来た。
『お父上としては、俺が仮想敵と同じに見えてるかもしれないない。……会うのも嫌がられそうだな』
「あくまで勘なので」
『だがお義姉さんの職業がディスパッチャーなら、希空の言ってることは確率が高い』
腕組みをしているクマのスタンプが雄々しく言う。
『でも、希空を諦めてると言う選択肢はない。お許しいただくしかないな』
「理人さん、好きです。大好きです」
勇気一〇〇倍、と言うクマが送られてきた。けれど、まだ震えている。
「……お父さん、殴りませんよ?」
『男の様式美というやつかな』
希空は恋人からの返事に頭を捻った。
「……どういう意味ですか」
『聞いたことない? 娘が欲しいなら俺を倒してからにしてもらおう とかのセリフ』
ドラマを見ていた父が号泣した記憶ならある。
『俺だって、希空との間に生まれた娘をほしいって男が頭を下げにきたら威嚇するよ。自分が認めた男じゃないと、娘はやれない』
力こぶを誇示するクマのスタンプとともに、そんなメッセージがきた。
そういえば、確か。
休憩室での会話を思い出したので、理人に書き送る。
「リーダーは『娘が嫁にいくなら俺もついていく!』って言ってました」
『奥さんを置いて?』
ギョッと目を剥いているクマのスタンプがきた。怖い。
「いえいえ、奥さんと一緒に」
『納得』
ちょうど父から諾の返事がきたので、理人に教える。
「一緒に行けなくて、ごめんなさい」
謝りの言葉と共に住所と地図を送った。
……グラハンメンバーに怪我人とノロウイルスの罹患者がでてしまったので、他のメンバー達と話し合い、全員で残業時間を増やしたりしてカバーしている。
そのため、しばらくは正規の休み以外は言い出せない。
『希空の事情はわかっている。惚れた女を手に入れるために、男が必ず通る道だから』
「くぅぅー、なんてカッコいいのかな!」
携帯を持ってベッドの上で転がりまくってしまった。
『惚れ直した? 愛してるよ、おやすみ』
悶えていたのがバレているらしく、ドヤ顔のクマのスタンプがきた。
「今、惚れ直して身悶えしていたところです。私も愛してます。おやすみなさい」
特大キスマークのスタンプを送って、今日の語らいは終わった。
ベッドに身を投げ出し、天井をぼんやりみる。
恋人の言葉が脳裏に蘇ってくる。
「子供かあ」
私と理人さんの。
想像して、自分の頬がぽぽぽっと赤くなったのがわかる。
「理人さんに似たら、男の子でも女の子でも美形に育ちそう」
自分という要素が心配だが。
「子供達に『なんでお父さんそっくりに産んでくれなかったの、お母さんのバカー!』って泣かれちゃうよね」
自分をディスる言葉なのに、我しらず希空は柔らかい表情になっている。
「すかさず理人さんが『お母さんは俺に惚れられる、すごい女性なんだよ』って言ってくれそう」
根拠はないが。
しかし、彼から自分がきちんと敬われ、大事にされているのをひしひしと感じる。
「私も子供達に『お母さんだから、お父さんが見つけてくれたのよー』って自慢しちゃいそう」
ふふ、と笑いかけて。希空は、とても自然に理人との未来を想像している自分に気づいた。
「会いたいな」
私達の子供に。
希空はなにも入っていない自分の腹を撫でる。
将来、身裡に命を授かった自分の横に、あたりまえのように理人がいてくれる。
怖いことはなにもないのだと思った。
——彼が自分を愛してくれている限り。
東京から鳥取へ行く時刻表を調べてみた。
「SWAN二九一……。六時二十五分にこっち発。あっち発が八時三十分発。二往復目が長めの休憩とって十三時二十五分に出発して、あっちに到着が十四時四五分予定」
一機目のブロックアウトから三機目のブロックインの時間だけでも、八時間二〇分勤務になる。
デブリーフィングがあるから、もう少し空港に滞在する時間が長くなるだろう。
疲れていないはずがない。
「そんな中で、両親に会いに行ってくれるんだ……」
感謝しかない。
「どうか、お父さん達が許してくれますように」
どうなったのか聞きたくてそわそわしてしまうだろうが、あいにく希空は五日後、中番だ。結果を聞くのは六日後かもしれない。