曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第五話 二回目のオーシャンビュー(1)

 理人が連れて行ってくれたのは、二人で初めて愛を交わしたホテルだった。

「ここのレストランが美味いらしいんだ。……お義父さん達とのことも報告しようと思って」

 とたん、希空の顔がシャキン!となった。
 理人が苦笑しながら、彼女の頬を撫でる。

「失敗した。さっきまで蕩けそうになってたのにな」

 個室で、フレンチのコースを食べながら教えてくれるらしい。
 希空が気もそぞろだったせいか、理人が自分と希空の好みのものをスタッフに伝えて注文を済ませてくれた。

 はじめに、下からアボカド、クリームチーズ、スモークサーモン、トマトの順に重ねられたアミューズブーシエが登場した。
 彩りが目に楽しく、一緒に食べたときの味のハーモニーが美味しい。

「ご両親のお宅に伺ったら、歓迎してくださった」

 しかし。

「挨拶の場には、お義姉さんと姪御さんはいなかった。あえてお義父さんが、お義母さんと出かけさせたらしい」

 淡いグリーン色のポタージュ。グリーンピースの風味が出ている。
 希空はスプーンで音を立てないようにしながら、理人の話に聞き入る。

「お義父さんに言われた。
『あなたと、姉娘を悲しませた男は別人だとわかっている。あなたは希空と同居するにあたって、結婚前提であることを挨拶に来てくれているのだから。でも、あえて言う。希空を不幸にしたら、あなたが世界のどこにいても必ず不幸にする』と。素晴らしいお義父さんだ」

 理人の前にはタラのポワレ、希空の前にはオレンジと鮭のムニエルが置かれた。

「お父さんたら……!」
 
 希空はフォークとナイフを持ちながら、ぽとぽとと涙を皿にこぼした。
 
「お義父さんの気持ちはよくわかる。俺も、希空や君との間に生まれた子供が誰かに害されて不幸になったら、同じことを言う」

 彼の強い目は、愛する女性と子供を守ると言う強い意思を物語っていた。

 ポワレからは一緒に煮込まれた野菜の香りが希空にまで届く。希空の鮭は皮までパリッと香ばしく、オレンジがフルーティでさっぱりと味わえる。

「なのに、希空をお義父さんから預かる俺は『努力します』としか答えられなかった」

 レモンのソルベは、半分にカットしたレモンが器として登場し、見た目も楽しめる。

「……多分、父は百パーセントの保証が欲しかったわけではないと思います……」

 理人の気持ちは父に十分に伝わっていると思う、と。
 希空は涙が止まらないので、うつ向いて必死に堪えながらつぶやいた。

「食事中にする話じゃなかった、すまない」

 理人が手を伸ばして、希空の涙を掬ってくれた。

「ううん」

 この話をしてくれるために、理人は個室をとってくれたのだと悟る。
 
「……と言うわけで、非常に厳しい条件付きだけどお義父さんに同棲の許可をいただけた」

 理人の前には牛フィレ肉のステーキに赤ワインソースをかけたもの。
 希空の前にはローストビーフを使ったタルタルステーキがそれぞれ運ばれてきた。

「厳しいだなんて。私は理人さんと暮らせたら幸せだもの。不幸にならないよ」

 希空はキッパリと言う。

 フレンチは一皿ずつでる。
 考え考え喋り話しながら食べるには、これくらいのペースがちょうどいい。

 緊張して味がわからないかと思ったけれど、とても美味しかった。

 ……いつのまにか、二人の前にあった皿は空になっていたので下げられた。
 改めて、コーヒーの種類、もしくは別の飲み物を聞かれる。
 希空は紅茶を、理人はエスプレッソを頼んだ。

 やがて、デセールとそれぞれの飲み物が運ばれてきた。

「俺だってそうだ。でも、人は物質的に満たされていれば幸せなわけじゃない」

 理人は静かに、そして真摯に語る。

「俺はどうすれば希空を幸せにしていけるか、考えながら生きていく」

 ……同棲の挨拶をしてくれただけなのに、プロポーズされている気になるのはどうしてなんだろう。
 元々、初めて会った日に交際を申し込まれて『結婚を前提に』とは言われているから、理人にはその心づもりがあるのかもしれない。

 彼女の戸惑いを読み取ったように理人が言う。

「前も言ったけど。希空がOKならば、俺はいつ入籍してもいいと思っている。今回の同棲は、希空がいつ承諾してくれるかを見極めるためのものだと思ってくれれば嬉しい」

 紙を渡されたのでなにげなく読んで、希空は固まった。
 保証人に父と、リーダーの名前。既に夫側の欄が埋められている婚姻届だった。

「これからは会えるかぎり口説く。希空も、俺との結婚に前向きだと考えていていいな?」

 理人の目が強く、希空の目を見つめてくる。

 自分だからいいものの、気弱な女子だと怯えるほどの眼力である。
 ……いや。理人はもうほかの女子にプロポーズすることはない。
 自分、雲晴希空が受けるのだから。
 
「うん、追いつくまで待っててもらえますか」

 希空が頬を染めながら理人に訊ねる。
 理人が頬を緩ませながら答えてくれた。

「もちろん。ただ、たまにせっついたり、がっついたりするのは許してくれ」

「……急かされるのはわかるとして、がっつくと言うのは」

 ドギマギして呟けば、理人がニヤリと笑う。

「健全な男と女が一つ屋根で過ごせば、スることだ」

 希空は真っ赤になる。やっぱり、そういうこと?

「そう。モノポリーとか、フライトシミュレーションとか」

「……へ……」

 違った。希空の目がまん丸くなる。

「可愛いな、希空」

 くっくっ……と、理人が喉を震わせて笑う。身を乗り出してきて、耳元で囁かれる。

「心配なくても、気持ちよくさせてあげるから」

「……なっ……! 理人さんのバカっ、えっち!」

希空が照れて憤慨すれば、心外なという表情で見つめられる。

「俺はえっちだよ? いつだって君を抱きたい」

 理人の表情は気負いもなく、からかいもなく本気だと言うことが窺える。

 なんだろう、とても甘酸っぱい気持ちがする。
 そして体が熱い。

「本音を言えば、腕の中に囲い込みたい。誰の目にも触れさせたくない」

 男の呟きに希空が目を丸くすると、理人は苦笑した。

「だけど君に、俺のシップのプッシュバックやマーシャラーをしてほしい」

「はい」

 希空はにっこりと笑い、理人は彼女を眩しそうな表情で見つめた。
 そして。

「希空。君がほしい」

 理人は唇だけで囁いた。
 催眠術にかかったように希空は彼から目を離せなくなる。

 いつの間にか、デセールも二人のカップも空になっていた。
< 22 / 41 >

この作品をシェア

pagetop