曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第七話 二回目のオーシャンビュー(3)
「最低でも1LDKSか、2LDKにはしよう。もしくは1LDKWか」
食べ終わり、ポットサービスのコーヒを飲みながら理人が気づいたように言う。
「……SとかWってなんでしたっけ」
「サービスルームとは、建築基準法で『居室』としての条件を満たしていない部屋のことだな。窓が小さいとか、換気のための開孔部分が小さいとか」
つまりは長居することのない部屋、という意味らしい。
「Wはウオークインクローゼット」
部屋ごとクローゼットになってるやつか、と想像した。
「理人さん、洋服多そうですもんね」
確かに、彼はいつ会ってもおしゃれだ。
「研修生やコーパイの時に、ミカや機長に付き合わされて買ってた。今でも着回ししているから最近はそんなでもない。サイズが合わなくなったものは寄付しているし。ただ、希空のものがたくさんある」
女性一般はそうかもしれない。
でも、自分は少ないほうだと思う。なんせ、着たい服はサイズがない。
オールシーズン着られるものを一週間分持っている程度だ。
「私もないですよ?」
だったら余分な部屋は要らないのでは。
しかし理人は首を横に振った。
「希空とメッセージを交わすようになってから、君に似合うだろうと思って買ったものが割とある」
「……え」
彼女は固まった。
なにか、すごい告白をされた気がする。
希空はまじまじと理人をみる。
「……付き合う前から? 割と?」
「ああ」
理人曰く。彼はステイ先で土産物を買うという習慣がなかった。
「コーパイの時は家族や友人から『買い物リクエスト』があったから、ちょくちょく買ってはいた」
その反動か、機長になってから買い物欲が激減したという。
「希空と飲み会で出会ったあとのフライトで、一緒になったクルーに請われてブティックに行った」
「……ハイ?」
堂々と浮気宣言ですか、そーですか。希空は臨戦体制をとる。
彼女の目つきが面白かったのか、眉間を指でぐにぐにと押される。
いたた……と思わず額を抑える。
「『恋人へのプレゼントを買うのに、男目線が欲しい』と言われただけだ」
安心させるために言ってくれたのだろうが、希空はピンときた。
「それ、絶対にデートに誘われてます!」
想像できてしまう。
『実は一柳さんへのプレゼントなんです』から始まり、なんだかんだ理由をつけて理人とのツーショットの写真を撮る。
それから周囲に匂わせをして、既成事実に持ち込むつもりであると。
……我ながら、恋愛経験ないのに想像力が逞しすぎるのかもしれない。
でも、ヤキモチがものすごい勢いでふくれあがっていくのを止められない。
「そこが、昨日のセレクトショップの海外進出一号店だったんだ」
ユニセックスでおしゃれなものが多く、これなら希空も好きかかもしれないと思ってくれたという。……ヤキモチの膨れるスピードにストップがかかる。
おまけにレディース自体が普通サイズから大きいサイズ、トールサイズまでラインナップが豊富だったらしい。
「クルーそっちのけで、希空に似合うもの探しに夢中になった」
……ヤキモキはぷしゅう、みたいな音を立てて完全にぺちゃんこになった。
希空は当てが外れたクルーに申し訳ないやら、彼の愛がブレないことにホッとするやら。我ながら複雑な顔つきをしているような気がする。
「以来、買い込んではミカの家におかしてもらってる」
……そういえば。
「そもそも、なんでミカさんのルームメイトをされてるんですか」
「『ミカにホテル暮らしはやめろ、もったいない』と言われたから」
「……はい?」
あまりに端折られすぎて、意味がわからない。
希空の表情をみた理人から、長くなるぞと前置きされた。
「大学は寮暮らし。入社してパイロット候補生になった」
地上勤務の時は、操縦する飛行機をきちんと理解するため、望んで整備に回してもらっていたという。
「先輩方に整備のこと教えてもらうのに夢中になって、よく整備の控え室でそのまま夜明かししていた」
気持ちはわかる。
希空だって入社した当時は、タイムカードを切ってから先輩達の作業をよく見ていた。
……おかげで人事部から『サビ残禁止! タイムカードを切ったら次のアサインに万全の体調で臨めるよう、早く帰りなさい!』と何度も怒られた。
「その頃はただ着替えるためだけに実家に帰るのが面倒で、ホテル暮らしをしていた」
希空はおぼっちゃまめ! と言いたくなるのをすんでで我慢した。
彼女の言いたいことがわかったのだろう、理人が片眉を上げた。
「空港から送迎バスで五分の系列ホテルだ。社割でほぼ、希空の家賃くらいだった。泊まるしかないだろう」
……それなら、お得かもしれない。
そんな暮らしを一年ほどしていたら、正式にアメリカでのパイロット研修に参加するようにとの辞令が出たので、ホテルを引き払ったという。
「ミカはアメリカでルームメイトだった」
男二人の自由な暮らしを満喫したそうだ。
「副操縦士になったときには、窮屈な実家に戻る気など消失していた」
これもうなずける。
家族のことは大好きだが、一人暮らしは格別だ。
始発前に自分で起きる辛さや、疲れているときの家事のしんどさ。病気のときの寂しさは、自由の代償だと思っている。
「だが、飛行機に乗れるようになってからも勉強に集中したかったから、部屋探しは面倒だった」
「……もしかして、またホテル暮らしを?」
理人はうなずく。
「しようとしたら、ミカに『もったいない!』と怒られて。そのまま日本でも、ミカと同居することになった」
「……ここまで聞いていてほぼ確信しているのですが。理人さんて、もしかしたら自分のことには大雑把ですか」
「ああ」
多分、理人という人は、飛行機を飛ばすことに全振りしているのだ。
グラハンや整備のメンバーから、耳に入る。
『一柳機長は、乗客にだけではなくスタッフへの気遣いも一流である』と。
理人という人は、定時性と安全性そしてホスピタリティに、とても心を砕いているのだろう。
他のことなど、どうでもいいくらいになるほどに。
なんとなくミカが大らかなので、神経質な理人が救われているのだと思い込んでいたが、そうでもなかったらしい。
「……とても失礼なことを聞いちゃいますけど……。理人さん、おモテになる割に振られ歴多くないですか?」
理人は首肯した。
「ああ。『思ってたのと全然違った』と」
なんとなく、わかる気がする。
「俺は見た目がいいらしいな?」
「なんで、疑問系なんですか」
「兄弟みんな、こんな顔だから」
イケメンの無駄遣い。
希空の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
「ミカを見習って、チームワークを重んじるようにしてるんだが」
理人は困った表情になった。
「誰にでも親切を実行していたら、どうも『自分だけ』と勘違いされるらしい」
「します」
自分だったら、イケメンに親切にされたら絶対に勘違いする。
多分、そんな女性は希空以外にもいる。
……よく、今まで刺されなかったものだ。
「俺が女性の扱いに困っているとミカがフォローしてくれて。ミカが落としたい女性がいるときはWデートに駆り出されたり」
お互いに持ちつ持たれつでうまくやってきたらしい。
だが、最近。
「ミカからは『恋人ができたんだからちょうどいい、彼女宛のプレゼントを引き取った上で、出ていけ』と通達されている」
「ミカさん、スーパー心の広い家主さんでは?」
「……君の恋人が単なる飛行機オタクで幻滅したか?」
理人が窺うような怯えるような双眸で訊いてきた。
「全然!」
むしろ、可愛さと愛おしさが増えた。
「飛行機オタクなのは私も一緒ですし。むしろ共感しかないです。……あと、安心しているんです、理人さんがあんまり王子様だと手が届かない人になっちゃうから」
希空の満面の笑みに、理人も微笑む。
「初めてなんだ。家族以外にプレゼントを贈りたくて仕方なくなるのも。煩わしいと思っていた部屋探しが、希空と暮らすためだと思うと楽しくて仕方がない」
本当に、この人は自分を好きでいてくれるんだ。
その思いがほかほかと希空を温める。
「ねえ、理人さん。向かい合わせだとマンションの情報読みにくいですね。ソファに移りましょう」
「ああ」
二人はチェックアウトまでセキュリティはこっちの部屋がいいけど、立地は別の方が、など楽しく話し合った。
食べ終わり、ポットサービスのコーヒを飲みながら理人が気づいたように言う。
「……SとかWってなんでしたっけ」
「サービスルームとは、建築基準法で『居室』としての条件を満たしていない部屋のことだな。窓が小さいとか、換気のための開孔部分が小さいとか」
つまりは長居することのない部屋、という意味らしい。
「Wはウオークインクローゼット」
部屋ごとクローゼットになってるやつか、と想像した。
「理人さん、洋服多そうですもんね」
確かに、彼はいつ会ってもおしゃれだ。
「研修生やコーパイの時に、ミカや機長に付き合わされて買ってた。今でも着回ししているから最近はそんなでもない。サイズが合わなくなったものは寄付しているし。ただ、希空のものがたくさんある」
女性一般はそうかもしれない。
でも、自分は少ないほうだと思う。なんせ、着たい服はサイズがない。
オールシーズン着られるものを一週間分持っている程度だ。
「私もないですよ?」
だったら余分な部屋は要らないのでは。
しかし理人は首を横に振った。
「希空とメッセージを交わすようになってから、君に似合うだろうと思って買ったものが割とある」
「……え」
彼女は固まった。
なにか、すごい告白をされた気がする。
希空はまじまじと理人をみる。
「……付き合う前から? 割と?」
「ああ」
理人曰く。彼はステイ先で土産物を買うという習慣がなかった。
「コーパイの時は家族や友人から『買い物リクエスト』があったから、ちょくちょく買ってはいた」
その反動か、機長になってから買い物欲が激減したという。
「希空と飲み会で出会ったあとのフライトで、一緒になったクルーに請われてブティックに行った」
「……ハイ?」
堂々と浮気宣言ですか、そーですか。希空は臨戦体制をとる。
彼女の目つきが面白かったのか、眉間を指でぐにぐにと押される。
いたた……と思わず額を抑える。
「『恋人へのプレゼントを買うのに、男目線が欲しい』と言われただけだ」
安心させるために言ってくれたのだろうが、希空はピンときた。
「それ、絶対にデートに誘われてます!」
想像できてしまう。
『実は一柳さんへのプレゼントなんです』から始まり、なんだかんだ理由をつけて理人とのツーショットの写真を撮る。
それから周囲に匂わせをして、既成事実に持ち込むつもりであると。
……我ながら、恋愛経験ないのに想像力が逞しすぎるのかもしれない。
でも、ヤキモチがものすごい勢いでふくれあがっていくのを止められない。
「そこが、昨日のセレクトショップの海外進出一号店だったんだ」
ユニセックスでおしゃれなものが多く、これなら希空も好きかかもしれないと思ってくれたという。……ヤキモチの膨れるスピードにストップがかかる。
おまけにレディース自体が普通サイズから大きいサイズ、トールサイズまでラインナップが豊富だったらしい。
「クルーそっちのけで、希空に似合うもの探しに夢中になった」
……ヤキモキはぷしゅう、みたいな音を立てて完全にぺちゃんこになった。
希空は当てが外れたクルーに申し訳ないやら、彼の愛がブレないことにホッとするやら。我ながら複雑な顔つきをしているような気がする。
「以来、買い込んではミカの家におかしてもらってる」
……そういえば。
「そもそも、なんでミカさんのルームメイトをされてるんですか」
「『ミカにホテル暮らしはやめろ、もったいない』と言われたから」
「……はい?」
あまりに端折られすぎて、意味がわからない。
希空の表情をみた理人から、長くなるぞと前置きされた。
「大学は寮暮らし。入社してパイロット候補生になった」
地上勤務の時は、操縦する飛行機をきちんと理解するため、望んで整備に回してもらっていたという。
「先輩方に整備のこと教えてもらうのに夢中になって、よく整備の控え室でそのまま夜明かししていた」
気持ちはわかる。
希空だって入社した当時は、タイムカードを切ってから先輩達の作業をよく見ていた。
……おかげで人事部から『サビ残禁止! タイムカードを切ったら次のアサインに万全の体調で臨めるよう、早く帰りなさい!』と何度も怒られた。
「その頃はただ着替えるためだけに実家に帰るのが面倒で、ホテル暮らしをしていた」
希空はおぼっちゃまめ! と言いたくなるのをすんでで我慢した。
彼女の言いたいことがわかったのだろう、理人が片眉を上げた。
「空港から送迎バスで五分の系列ホテルだ。社割でほぼ、希空の家賃くらいだった。泊まるしかないだろう」
……それなら、お得かもしれない。
そんな暮らしを一年ほどしていたら、正式にアメリカでのパイロット研修に参加するようにとの辞令が出たので、ホテルを引き払ったという。
「ミカはアメリカでルームメイトだった」
男二人の自由な暮らしを満喫したそうだ。
「副操縦士になったときには、窮屈な実家に戻る気など消失していた」
これもうなずける。
家族のことは大好きだが、一人暮らしは格別だ。
始発前に自分で起きる辛さや、疲れているときの家事のしんどさ。病気のときの寂しさは、自由の代償だと思っている。
「だが、飛行機に乗れるようになってからも勉強に集中したかったから、部屋探しは面倒だった」
「……もしかして、またホテル暮らしを?」
理人はうなずく。
「しようとしたら、ミカに『もったいない!』と怒られて。そのまま日本でも、ミカと同居することになった」
「……ここまで聞いていてほぼ確信しているのですが。理人さんて、もしかしたら自分のことには大雑把ですか」
「ああ」
多分、理人という人は、飛行機を飛ばすことに全振りしているのだ。
グラハンや整備のメンバーから、耳に入る。
『一柳機長は、乗客にだけではなくスタッフへの気遣いも一流である』と。
理人という人は、定時性と安全性そしてホスピタリティに、とても心を砕いているのだろう。
他のことなど、どうでもいいくらいになるほどに。
なんとなくミカが大らかなので、神経質な理人が救われているのだと思い込んでいたが、そうでもなかったらしい。
「……とても失礼なことを聞いちゃいますけど……。理人さん、おモテになる割に振られ歴多くないですか?」
理人は首肯した。
「ああ。『思ってたのと全然違った』と」
なんとなく、わかる気がする。
「俺は見た目がいいらしいな?」
「なんで、疑問系なんですか」
「兄弟みんな、こんな顔だから」
イケメンの無駄遣い。
希空の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
「ミカを見習って、チームワークを重んじるようにしてるんだが」
理人は困った表情になった。
「誰にでも親切を実行していたら、どうも『自分だけ』と勘違いされるらしい」
「します」
自分だったら、イケメンに親切にされたら絶対に勘違いする。
多分、そんな女性は希空以外にもいる。
……よく、今まで刺されなかったものだ。
「俺が女性の扱いに困っているとミカがフォローしてくれて。ミカが落としたい女性がいるときはWデートに駆り出されたり」
お互いに持ちつ持たれつでうまくやってきたらしい。
だが、最近。
「ミカからは『恋人ができたんだからちょうどいい、彼女宛のプレゼントを引き取った上で、出ていけ』と通達されている」
「ミカさん、スーパー心の広い家主さんでは?」
「……君の恋人が単なる飛行機オタクで幻滅したか?」
理人が窺うような怯えるような双眸で訊いてきた。
「全然!」
むしろ、可愛さと愛おしさが増えた。
「飛行機オタクなのは私も一緒ですし。むしろ共感しかないです。……あと、安心しているんです、理人さんがあんまり王子様だと手が届かない人になっちゃうから」
希空の満面の笑みに、理人も微笑む。
「初めてなんだ。家族以外にプレゼントを贈りたくて仕方なくなるのも。煩わしいと思っていた部屋探しが、希空と暮らすためだと思うと楽しくて仕方がない」
本当に、この人は自分を好きでいてくれるんだ。
その思いがほかほかと希空を温める。
「ねえ、理人さん。向かい合わせだとマンションの情報読みにくいですね。ソファに移りましょう」
「ああ」
二人はチェックアウトまでセキュリティはこっちの部屋がいいけど、立地は別の方が、など楽しく話し合った。