曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第四章 暗雲が忍び寄る

第一話

 希空の引越しは無事済んだが、理人はまだ一週間ほど先である。
 そのため、会えていない日が続いていた。

 互いのシフト都合だったり。

 理人やミカは『大当たり』と呼ばれている期だが、九年目なのでコーパイのほうが多い。
 早々と機長になった理人やミカが、同期生が機長になるための昇格試験に向けての勉強会に付き合ったり。
 
 ミカによると、理人は教え上手。
 同期や後輩からは『将来、一柳には教官になってもらいたい』と熱望されているらしい。
 そのせいか、教官から頼まれてパイロットのマニュアル作りに参加させられていたり。
 
 地上でやることが多くなっているのに、急遽理人がスタンバイで飛んだりしたこともあり、仕事すら一緒にならない。
 
 ……と言って、どちらかが相手に合わせることは難しい。

 理人は彼の体調不良が大事故につながりかねない、数百人の命を乗せて運ぶパイロットだ。

 希空だって飛行機ができるだけ定刻で飛び立てるように動かなければならないので、仕事のために心身を万全にしておく必要がある。

 だが、限界はある。
 気持ちを伝え合ったばかりで、切なさもひとしおである。
 むしろ仕事中は気を張っていられるが、帰った時など二人の家なのに静まりかえっており、たまらなくなる。

「今日こそ!」 

 寂しさに耐えかねていた希空は、フランス行きの便に乗っている理人へメッセージを送ろうとしていた。

 理人からは『出れないかもしれないが、いつでもメッセージを送ってほしい』とは言われている。

 けれど、万が一大事な瞬間に希空からの着信が彼の集中力を乱してしまったら。
 結果、理人の飛行機になんらかのトラブルが生じたらどうしよう。
 考えすぎだ、パイロットがいくら自動操縦中でも、携帯でネットを楽しんでいるとは思わない。

「多分、機内モードか電源オフにしてるんだろうし……」

 それでも自分のせいでなにかあったら怖いので、理人が海外にいる時には彼から送ってもらったタイミングで返信するようにしていたのだが。

 気持ちが大きく育ってしまった。

 会えない時間は、寂しさを育てる。
 寂しさは不安や疑心暗鬼を連れてくる。

 多分、理人に限っては浮気しないだろうなと思っている。
 だからと言って、会えなくて平気だということにはならない。

「……せめて、フライトやブリーフィングのない時間に送らないと」

 意を決して二国の時差を計算している。
 これが意外と難しいことに気がついた。
 なぜなら、理人が日付変更線をまたいで移動しているからだ。

「えーと日本時間八時二十五分東京発SW〇四五便、シャルル・ドゴール空港行きは、同日の十四時五十五分着……。東京からパリまでのブロックアウトからブロックイン(フライト時間)は十四時間四十分で、時差は日本が八時間進んでて……日本の今が」

 希空は、二つの時計を睨めっこしながら紙にペンで書いて、理人のいる場所は何時なのか確認していた。

 段々計算間違いをして彼の休み時間を邪魔してしまうのではないかと不安になってきた。

 正確を期すために、ネットで検索しはじめる。

「今度二つの国の現在時間を表す時計を買っておこうっと。えっと、日本が今十八時四十五分、パリは昨日の二十時四十分」

 起きているかな、と思いつつメッセージを送る。

「フライト、お疲れ様さまでした」

 携帯を凝視していたが既読にならなかったから、風呂に入ることにする。

 いつ、連絡があってもいいように風呂に密閉できるバッグに入れて携帯を持ち込む。
 バスタオルを巻いて出てきたところで携帯がチカチカと光ったので、慌てて飛びついた。

『連絡ありがとう。無事に到着した。希空はいつも通り?』

「明日からベリーダンスを始めるんです!」

 希空は嬉しそうに理人に報告した。
 荷解きが終わったら、突然ヒマなことに気がついてしまったのだ。

『そうなのか』

「あれからベリーダンスのこと、色々調べたんです」

『初めてのデートの時、すごい食いついてたものな。ところで、なんでやろうと思ったの?』

「……それは」

 理人と恋人になってから、余暇が寂しくなってしまった。
 会いたいなんて言ってしまったら、困らせてしまうだろうか。

『希空?』

 促されて、慌てて答える。

「健康にいいって聞いたので!」

 本当はうそだ。

 セクシーな理人に釘付けになった。
 ベリーダンス自体にも惚れた。堂々と女であることを誇りに思いたい。

 けれど、それを一言でいうのは難しく、まだまだ照れが大きい。

『まあ、そうだよな』
 
 彼が同意してくれた。
 自分のヨコシマな気持ちがバレていなくて、ホッとする。

「……やっぱり、ああいうきらびやかな衣装を着られるのも楽しいですし」

 本音は、あのときのダンサーのように踊って、理人を魅了させたい。
 彼にいい女だ思ってもらえる自分でありたい。

『趣味をもつことはいいことだが、希空のシフトだとスクールに通うのは大変じゃないか?』

 理人達パイロットは朝番と遅番だけだが、希空は三交代制だ。

 大丈夫、と答えようとしたら、立て続けにスタンプとメッセージが送られてきた。

『それに。希空が夢中になって踊っているあいだ、俺はほうっておかれるの?』

 拗ねたクマのスタンプがめちゃくちゃ愛おしい。

 彼にかじりついて、綺麗に整った黒髪を乱したくなってしまう。

「……理人さんと会えない日に行けるようにって探したんです。受講できる日や時間を調整できるスクールなんですよ!」

 ベリーダンスは国ごとにタイプが色々あるとは理人に教えてもらった。しかし、どんなスタイルでも構わなかった希空は、フリーチケット制のスクールを見つけた。

  探してみたら、以前二人で食べたことのあるエジプシャンレストラン「コシャリ」が入っているビルの三階だった。

『……心配だな』

「大丈夫です! 日々の仕事には支障をきたしません!」

 希空は自分のために熱心に言ってみた。

『そんなことじゃないよ』

 ノンノン、と否定的に首を横に振るクマ。
 このスタンプはフランス製だろうか。

「じゃあ、どんなことですか?」 

 ヒソヒソ話をするようなクマのスタンプに、つい見入っていると。

『色っぽくなった希空に、周りの男どもが気づくのが嫌だ。俺の希空が他の野郎にモテるのが心配』

 希空は真っ赤になった。
 やきもちを妬いてくれるのは嬉しい。

 けれど、彼が心配してくれているようなことは、悲しいことに自分に限ってはあり得ない。

「そんなこと一〇〇パーセントない! 絶対ないです、大丈夫!」
 返事をした。

『わかった。ただ、心配になるからあまり物騒な所には行かないでほしい』
「わかりました!」

 確かに、寂しさを埋めるために危ない目に遭って理人に心配をかけたら、本末転倒だ。

『気をつけてスクールを楽しんでおいで』

 理人にOKという文字とハートマークを送ると、すぐに。

『愛してるよ』

 爆弾メッセージが届いたので、希空はしばらく寝付けなかった。
< 26 / 41 >

この作品をシェア

pagetop