曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第二話
夜。
ベリが丘駅に着いた希空は目をまんまるくした。
「理人さん!」
「希空、おかえり」
恋しい人が改札口の外で待ってくれていた。
希空は弾んだ足取りで近づく。
二人は腕を組みながらマンションへと帰る。
「遅くなってすみません。急いで、なにか作りますね」
希空はハイテンションで話しかけた。しかし、理人は騙されてくれなかったらしい。
「希空」
理人に名前を呼ばれただけで背筋が伸びる。
……これが乗客やクルーの前で見せている、PICの威厳というものだろうか。
「なにか俺に隠していることがあるよな」
「え」
つい、ぎくりと体を強張らせてから、彼を見ればじぃっと観察されていた。
「ええと。今日も同僚と仕事の話しか、してませんよ?」
「わかってる」
違ったらしい。では、なんだろう。キョトンとしたら、腕の中にしまいこまれる。
「仕事に行くのがあんなに楽しそうだった希空が、どうして辛そうに出勤する?」
思ってもいなかったことを聞かれて、咄嗟に誤魔化せない。
「あの……なんで?」
頑張って明るく振舞っていたはずだ。
「言わないと、腕の中から出さないよ」
言うなり、ガバリと押し倒された。
「え?」
希空が事態を把握できていないうちに、理人は彼女の両足の間に太ももを挟んで秘密の谷間を絶妙に刺激してくる。
「え……、理人さん、仕事が」
「仕事はどうにでもなる」
男の言葉に、希空は目を見張った。
仕事人間の理人が。
衝撃を受けているうちに、どんどん彼の手や口やらが自分を高めるためにいやらしく動いてるのに気づいた。
「だめだってば……っ!」
「ダメじゃない」
「理人さんっ!」
「十秒のうちに白状しないと抱くけど」
カウントダウンを始めた。
本気で彼は自分を抱こうとしている。
だめだ、今はもう一時近い。彼は始発の飛行機にアサインされているはず。
一分でも早く寝かさないと……!
希空はしばし逡巡した挙句、自分のプッシュにクレームが入ったと、小さな声で語り始めた。
「ありえない」
理人が断言してくれるのが嬉しい。
「少なくとも、希空のプッシュで俺は振動を感じたことがない」
希空はありがとうございます、とつぶやくと、ここ最近繰り返し眺めている用紙を理人に示した。
「無理を言って、クレームのあった客席を教えてもらいました」
内緒にしてください、と前置きをする。
理人は受け取って読み下す。
座席番号に加えて、日付とフライトナンバーに天候。
細やかなデータに理人は目を瞠る。
「滑走路のコンディションまで記してあるな」
「あくまで私の所感です。しかし、なにか異常があれば、どんな些細なことでも舗装路面を点検している部署や、場面(じょうめん=滑走路・誘導路・駐機場など、飛行機が走行する場所)を管理をしている部署に、ただちに伝えなければなりませんから」
希空は淡々と告げる。
道路に落ちている小石ひとつで大事故につながりかねない。
「……知ってたけど。あの広大な敷地をくまなく整備するって、すごい仕事だな」
言葉にすると簡単だが。
「俺が空に飛び立てるのは、希空達が乗客には知られていないところで働いてくれているからだ。パイロットを代表して、改めて礼を言わせてもらう」
まさに縁の下の力持ちだ、と言ってくれた理人に、希空は嬉しそうに微笑む。
「パイロットに感謝されるの、嬉しいです。でも、これが私達、地上職の仕事ですから」
気負いもなく告げる。
嘘偽りなく、それが希空にとっての日常だからだ。
理人がごくりと喉を鳴らした。
「惚れ直した。なんで俺の彼女は、こんなにかっこいいかな」
恋人から手放しに褒められて、希空が真っ赤になる。
「希空の、仕事に対するプライドや責任感をひしひしと感じる」
「……ありがとうございます。でも、それは誰でも持っているものですから」
特に空港にいる人達は、と希空がきっぱりと言い切る。
「ほんと希空は、ふるいつきたくなるほどクールでセクシーだ」
理人は本気でそう思っているらしい。
アトラクティブ、スタイリッシュ、ヤバい、と英語のスラングを交えて、とにかく褒めまくられて逆に身の置きどころがない。
「もうっ、やめてぇ!」
悲鳴のような声を上げながら、希空は理人の口をふさいだ。
ペロリと舐められる。
「ひぁんっ」
「……だからこそ、俺は『この女性が乗客に感知されるような凡ミスをしでかして、気づかないことがあるのか?』と、あらためて疑問に思う」
ボソリとこぼされた言葉に、彼女の顔がこわばる。
やがて、くしゃりと表情が崩れ始めた。
「……客席がどこらへんを通るか想像しながら、その近辺の場面に異常がないか折に触れて確認してるんですが……、整備は完璧で、私のミスしか原因が見当たらないんです」
話しているうちに悔しさや無念さがつのってきて、希空の目に涙が滲んでくる。
ゴシゴシと目をこすると両手首を掴まれた。
「話してくれてありがとう、希空」
震えていると、キスをして希空を労ってくれる。
「俺も探ってみるよ」
頼り甲斐のある男の言葉だった。しかし、希空は弾かれたように恋人の顔を見上げた。
「理人さんは関係ないっ、これは私の問題だから!」
なかば叫ぶ。
とたん、恋人は厳しい顔つきになって睨んできたので、希空はびくつく。
「すまない」
抱きしめてもらって背中を撫でられるうち、こわばっていた体から力が抜けていくのを感じる。
「だが、関係ないとか言わないでくれ。君のことで俺が関わりのないことなど、なにひとつない」
理人は静かな口調ではあったが、希空に口を噤ませる気迫があった。
嬉しいけれど……彼を巻き込んはいけない。視線を彷徨わせた。
理人が額に優しくキスを落としてくれた。
思わず彼を見上げれば、穏やかな声で語りかけられる。
「第一にこれは二人の問題。第二にこの問題は危険の芽だ、看過することはできない」
……なんの迷いもなく、二人の問題だと言ってくれる人がいる。
CAやGSの中にも、現状を憂えてくれる人がいる。
自分は恵まれている。
ここで折れたままではいられない。
グランドハンドリングという仕事が好きな以上、希空には努力することしか残されていなかった。
静かに涙を流していると、そっと理人が唇で吸い取ってくれる。
甘やかしてくれることに頼ってしまってはいけないのに、彼の優しさが嬉しくて。
「り、ひと……さ、ん……」
縋れば、そっと唇に柔らかいものが触れて離れていく。
希空が目を閉じれば、それは幾度となく落ちてきた。
「希空、愛してる」
押し倒されて、キスが激しくなっていく。
くったりした所を、恋人が胸の中に抱きしめてくれた。
「おやすみ、希空。いい夢を」
理人の腕の中にいれば、何も怖くない。
希空は涙の跡を残しながら、すう……と眠りに落ちていった。
「……あ、希空」
微かな声がだんだん近くなってきた。
「ウン……」
意識が浮上してきた。希空は目をこする。
目の前に恋人が出勤する寸前だった。
ぱっと目が覚める。
「予約しておいたタクシーがあと数分で到着する。すまない、そろそろ出なければ」
彼女をそっと腕のなかからベッドに戻すと、理人は起き上がった。
いかないで。
そう強請れたら。
涙でいっぱいの目で理人の姿を追ってしまう。
理人が切なそうな表情で希空を見つめ返してくる。
「君を心底愛おしく思っている。希空、なるべく二人で一緒にいよう。俺がフライトのとき、心配ごとや不安。なんでもいい、連絡してくれ。……俺の為に」
希空は小さく頷くと、笑みをなんとか浮かべた。
これから仕事に行く人に不安を与えてはならない。
理人は玄関のドアに手をかけながら希空に話しかけてくる。
「二往復したら、今日は伊丹にステイだ。 俺からも連絡する」
「行ってらっしゃい。よい旅を」
希空はなんとか微笑むことができた。
ベリが丘駅に着いた希空は目をまんまるくした。
「理人さん!」
「希空、おかえり」
恋しい人が改札口の外で待ってくれていた。
希空は弾んだ足取りで近づく。
二人は腕を組みながらマンションへと帰る。
「遅くなってすみません。急いで、なにか作りますね」
希空はハイテンションで話しかけた。しかし、理人は騙されてくれなかったらしい。
「希空」
理人に名前を呼ばれただけで背筋が伸びる。
……これが乗客やクルーの前で見せている、PICの威厳というものだろうか。
「なにか俺に隠していることがあるよな」
「え」
つい、ぎくりと体を強張らせてから、彼を見ればじぃっと観察されていた。
「ええと。今日も同僚と仕事の話しか、してませんよ?」
「わかってる」
違ったらしい。では、なんだろう。キョトンとしたら、腕の中にしまいこまれる。
「仕事に行くのがあんなに楽しそうだった希空が、どうして辛そうに出勤する?」
思ってもいなかったことを聞かれて、咄嗟に誤魔化せない。
「あの……なんで?」
頑張って明るく振舞っていたはずだ。
「言わないと、腕の中から出さないよ」
言うなり、ガバリと押し倒された。
「え?」
希空が事態を把握できていないうちに、理人は彼女の両足の間に太ももを挟んで秘密の谷間を絶妙に刺激してくる。
「え……、理人さん、仕事が」
「仕事はどうにでもなる」
男の言葉に、希空は目を見張った。
仕事人間の理人が。
衝撃を受けているうちに、どんどん彼の手や口やらが自分を高めるためにいやらしく動いてるのに気づいた。
「だめだってば……っ!」
「ダメじゃない」
「理人さんっ!」
「十秒のうちに白状しないと抱くけど」
カウントダウンを始めた。
本気で彼は自分を抱こうとしている。
だめだ、今はもう一時近い。彼は始発の飛行機にアサインされているはず。
一分でも早く寝かさないと……!
希空はしばし逡巡した挙句、自分のプッシュにクレームが入ったと、小さな声で語り始めた。
「ありえない」
理人が断言してくれるのが嬉しい。
「少なくとも、希空のプッシュで俺は振動を感じたことがない」
希空はありがとうございます、とつぶやくと、ここ最近繰り返し眺めている用紙を理人に示した。
「無理を言って、クレームのあった客席を教えてもらいました」
内緒にしてください、と前置きをする。
理人は受け取って読み下す。
座席番号に加えて、日付とフライトナンバーに天候。
細やかなデータに理人は目を瞠る。
「滑走路のコンディションまで記してあるな」
「あくまで私の所感です。しかし、なにか異常があれば、どんな些細なことでも舗装路面を点検している部署や、場面(じょうめん=滑走路・誘導路・駐機場など、飛行機が走行する場所)を管理をしている部署に、ただちに伝えなければなりませんから」
希空は淡々と告げる。
道路に落ちている小石ひとつで大事故につながりかねない。
「……知ってたけど。あの広大な敷地をくまなく整備するって、すごい仕事だな」
言葉にすると簡単だが。
「俺が空に飛び立てるのは、希空達が乗客には知られていないところで働いてくれているからだ。パイロットを代表して、改めて礼を言わせてもらう」
まさに縁の下の力持ちだ、と言ってくれた理人に、希空は嬉しそうに微笑む。
「パイロットに感謝されるの、嬉しいです。でも、これが私達、地上職の仕事ですから」
気負いもなく告げる。
嘘偽りなく、それが希空にとっての日常だからだ。
理人がごくりと喉を鳴らした。
「惚れ直した。なんで俺の彼女は、こんなにかっこいいかな」
恋人から手放しに褒められて、希空が真っ赤になる。
「希空の、仕事に対するプライドや責任感をひしひしと感じる」
「……ありがとうございます。でも、それは誰でも持っているものですから」
特に空港にいる人達は、と希空がきっぱりと言い切る。
「ほんと希空は、ふるいつきたくなるほどクールでセクシーだ」
理人は本気でそう思っているらしい。
アトラクティブ、スタイリッシュ、ヤバい、と英語のスラングを交えて、とにかく褒めまくられて逆に身の置きどころがない。
「もうっ、やめてぇ!」
悲鳴のような声を上げながら、希空は理人の口をふさいだ。
ペロリと舐められる。
「ひぁんっ」
「……だからこそ、俺は『この女性が乗客に感知されるような凡ミスをしでかして、気づかないことがあるのか?』と、あらためて疑問に思う」
ボソリとこぼされた言葉に、彼女の顔がこわばる。
やがて、くしゃりと表情が崩れ始めた。
「……客席がどこらへんを通るか想像しながら、その近辺の場面に異常がないか折に触れて確認してるんですが……、整備は完璧で、私のミスしか原因が見当たらないんです」
話しているうちに悔しさや無念さがつのってきて、希空の目に涙が滲んでくる。
ゴシゴシと目をこすると両手首を掴まれた。
「話してくれてありがとう、希空」
震えていると、キスをして希空を労ってくれる。
「俺も探ってみるよ」
頼り甲斐のある男の言葉だった。しかし、希空は弾かれたように恋人の顔を見上げた。
「理人さんは関係ないっ、これは私の問題だから!」
なかば叫ぶ。
とたん、恋人は厳しい顔つきになって睨んできたので、希空はびくつく。
「すまない」
抱きしめてもらって背中を撫でられるうち、こわばっていた体から力が抜けていくのを感じる。
「だが、関係ないとか言わないでくれ。君のことで俺が関わりのないことなど、なにひとつない」
理人は静かな口調ではあったが、希空に口を噤ませる気迫があった。
嬉しいけれど……彼を巻き込んはいけない。視線を彷徨わせた。
理人が額に優しくキスを落としてくれた。
思わず彼を見上げれば、穏やかな声で語りかけられる。
「第一にこれは二人の問題。第二にこの問題は危険の芽だ、看過することはできない」
……なんの迷いもなく、二人の問題だと言ってくれる人がいる。
CAやGSの中にも、現状を憂えてくれる人がいる。
自分は恵まれている。
ここで折れたままではいられない。
グランドハンドリングという仕事が好きな以上、希空には努力することしか残されていなかった。
静かに涙を流していると、そっと理人が唇で吸い取ってくれる。
甘やかしてくれることに頼ってしまってはいけないのに、彼の優しさが嬉しくて。
「り、ひと……さ、ん……」
縋れば、そっと唇に柔らかいものが触れて離れていく。
希空が目を閉じれば、それは幾度となく落ちてきた。
「希空、愛してる」
押し倒されて、キスが激しくなっていく。
くったりした所を、恋人が胸の中に抱きしめてくれた。
「おやすみ、希空。いい夢を」
理人の腕の中にいれば、何も怖くない。
希空は涙の跡を残しながら、すう……と眠りに落ちていった。
「……あ、希空」
微かな声がだんだん近くなってきた。
「ウン……」
意識が浮上してきた。希空は目をこする。
目の前に恋人が出勤する寸前だった。
ぱっと目が覚める。
「予約しておいたタクシーがあと数分で到着する。すまない、そろそろ出なければ」
彼女をそっと腕のなかからベッドに戻すと、理人は起き上がった。
いかないで。
そう強請れたら。
涙でいっぱいの目で理人の姿を追ってしまう。
理人が切なそうな表情で希空を見つめ返してくる。
「君を心底愛おしく思っている。希空、なるべく二人で一緒にいよう。俺がフライトのとき、心配ごとや不安。なんでもいい、連絡してくれ。……俺の為に」
希空は小さく頷くと、笑みをなんとか浮かべた。
これから仕事に行く人に不安を与えてはならない。
理人は玄関のドアに手をかけながら希空に話しかけてくる。
「二往復したら、今日は伊丹にステイだ。 俺からも連絡する」
「行ってらっしゃい。よい旅を」
希空はなんとか微笑むことができた。