曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第三話 ——理人SIDE——
「ミカに相談してみるか」
フライトを四本こなしたのち、ステイ先のホテルに到着。
早速ミカの電話番号をコールする。運よく連絡を取ることができた。
「希空に無理やり聞き出したら、上司から『雲晴のプッシュで乗客からクレームが入った』と言われたらしい」
携帯に向かって話しているうち、理人の顔が厳しく引き締まっていく。
『はあ?』
ミカが大声を出す。
『……理人。それ、まずいんじゃないの。あんなに丁寧な運転をする人間がいきなり手抜きをするなんて、おかしいよ。考えられない!』
親友も、なにかうす昏い意図を感じざるを得ないと言ってくれた。
『希空を一人にするなよ。俺ができることならなんでも協力する』
「ああ」
ミカとの電話を切る。
次に、飲み会に一緒に参加していた希空の同僚でありリーダーでもある男性へ、状況確認したい旨をメッセージを送る。
返事は早すぎるくらいにきた。
『ようやく腰を上げる気になったんですね!』
文面からは怒りの様子が察せられた。
だが安心できる材料でもある。
希空に味方がいるのだ。
「すまない、後手に回った」
素直に謝罪すれば、リーダーは頼もしい言葉を返してくれる。
『仲間のことですから。ウチは雲晴さんの働きぶりを知ってる奴らばかりなので。あんなデマ、誰も信じてません』
「そうか」
理人はひとまずほっとした。
希空の仕事ぶりを知っているグラハンチームが彼女のことを庇ってくれるのはありがたい。
「君が知っていることを教えてくれないか」
頼めば、リーダーは今までの状況を逐一教えてくれた。
……それは理人が握りしめていたコップに、思わずヒビが入るくらいの酷さだった。
「状況は把握した」
これが対面だったら、希空の同僚を怯えさせたことだろう。
それくらい、理人から発する怒りの波動はものすごかった。
理人は髪をぐしゃぐしゃにしてから、はああと息を吐き出す。
冷静になってからメッセージアプリに書き込む。
「……なぜ、希空のシフトが克明に漏洩しているんだろう」
彼女からもらったシフトに、クレームが発生した便がぴたりと一致する。
「特定するのは至難の技だと思うんだが」
一機の離着陸に関わるグランドハンドリングの仕事は多岐にわたる。
機体を駐機場まで誘導してくれるマーシャルや、タイヤを止めてくれるチョークマン。
少しでも機体の負荷を軽減させる為、外部電力を補う為のコンセントをセットしてくれたり、消費した分の給油をしてくれたり。
荷物やケータリングの搬出、搬入。給水に、機体で発生した汚水の搬出。
機体に客を乗り降りさせるボーディンブリッジの接着離脱だって、グラハンの仕事だ。
そして出発するタクシー場まで機体を連れて行ってくれる、プッシュバック。
「誰がどの仕事をするかって、出勤シフトと同じように前もって決まっているのか?」
『ざっとです。でも、当日の機体や荷物、乗客の数、天候にスタッフの相性とかを総合的に判断して、誰にどの仕事を割り振るか決めてます』
理人は首を捻る。
グラハンの人間にもわからないことを、クレーマーはどうやって把握しているのだろう。
「……そっちのスタッフで、希空のシフトをうちのクルーに流してる人間がいるのかと思ったんだが」
一番その可能性が高い。
怒られるかもしれないが、あえて質問してみる。
相手は閃いた、という意味だろうか。
点灯している電球のスタンプを送ってきた。
『そういえば、シフトを管理してくれてる子の中に、ブランド大好き女子が一人いますね。最近、色々なものを持ち歩いてるなとは思ってたんですけど』
「希空のシフトを流す見返りに、海外限定品を買って渡してる、か」
反吐が出そうになる。
物欲は結構だが、自分の行動が人一人を窮地に追い込んでいることを把握しているのだろうか。
「その人物にさりげなく当たってもらうことは可能だろうか」
『わかりました』
今日はそこまでだった。
「だが、リーダーの彼と話せたことは大きな収穫だったな」
自分やミカだけではなく。
希空のことを大事に思い、守ってくれる人間がいてくれることがわかった。
「感謝する」
しかし、リーダーから送られてきた次のメッセージに、理人の顔が引き締まった。
『ウチには『クレームは雲晴さんが一柳機長と付き合ってることをやっかんでる、CAやGSの捏造じゃないか』って疑っている人間が結構います』
飛行スタッフについて、地上班の中で悪感情を抱き始めている者がいるという。
理人の背がゾワリとする。
『上司からSWANに抗議を入れてもらおうって息巻いている奴も出始めてます。……正直、やばいです』
リーダーの懸念はもっともだ。
飛行班と地上班の軋轢は最悪な場合、事故につながる。
「わかった。心配させてすまなかった」
『お願いします。協力会社とはいえ、所詮俺達は下っ端です。上様に我々が物申すことは難しい』
ぎくりとしたが、リーダーの言葉に嫌味は含まれていない。
卑下ではなく事実として述べているだけだ。
それだけに、理人はかつてミカが呟いていた『好むと好まざるとかかわらず、俺達パイロットはヒエラルキーのトップなんだ』と言う言葉の意味を痛感する。
「俺がなんとかしなければならない」
原因が己ならば、この問題を解決できるのも自分だ。
翌朝。
理人は伊丹発東京空港行きの飛行機の中、操縦桿やスイッチを精密に操作しながら、グラハンのスタッフの中に希空がいないかと目を凝らした。
けれど、希空のいないチームが担当してくれていたらしい。
彼は失望したまま、飛行機から降りた。
コーパイとでデブリーフィングをしたあと、空港に残ってくれていたミカと落ち合った。
理人とミカはパイロット仲間に掛け合って、ミーティングを招集した。
月に数回はパイロットが数名集まって、最近の不具合事象を共有して議論したり、事務的な連絡をしたりする。
発起人が二人ということもあって、予想以上に多くのパイロットが参加してくれた。
ステイ先から動画アプリで参加してくれている操縦士もいる。
「雲晴希空がプッシュするたびにクレームが入ってるそうだ」
乗客からのクレームをCAやGSが直接グラハンに連携していると説明する。
理人がいえば、同席しているパイロットがざわめいた。
『なんのガセ?』
『ありえないでしょ』
『俺達を素通り? おかしくない、それ?』
二人はデスクの下でガッツポーズを作った。
「調査委員会にこれから上申するつもりでいる。何かあったら、逐一データを取っといて、俺かミカに送ってほしい」
『わかった』
複数のパイロットの協力を得られることを確認し、ミーティングは解散となった。
理人は気がせくまま、SWANのハラスメント委員会に出頭し、事案を報告した。
調査をするよう、要求する。
会社は当初、否定的だった。
『単に我が社のスタッフが協力会社のミスを告発しているだけではないか。カスタマーファーストなので、むしろ協力会社はSWANが求めるクオリティーに準じるべきである』と。
理人は抗弁した。
「しかし、標的にされている人物は、常日頃から運行従事者多数からの評価が高い」
理人は他のパイロットに掛け合って、彼女を評価してもらったシートも提出した。
委員会はざっと読むとテーブルの上に投げ置く。
『一柳機長。今は君がSWANオーナーのご子息ということは置いておく。ありていにいうと、機長としての指導ミスではないのか』
部下を統率できず、恋人に幅を利かせた無能者となじられた。
「確かに私の不得のいたすところです、しかし」
理人も一歩も引かなかった。
「今回、たまたま私の婚約者が標的となっているだけだ。ことは、私人同士の諍いの範疇でおさまらない」
協力会社を誹謗する風習を育ててしまうと、軋轢が生じる。
現時点で、すでに飛行機を飛ばすチーム全体にひびが入りかけていることを訴えた。
根負けした形で、会社は渋々希空の過去のシフトで入っていたクレームの追跡聴取を行い、未来のシフトにおいて飛行機に覆面調査員を同乗させることを了承した。
委員会に一礼して部屋を出てきた理人はミカの協力を得て、自分がいない時でも希空を見守ってくれるよう、パイロットや整備班にもそれとなく注意を促した。
「なによりも希空を守らないと。……そうだ」
理人は思いついた場所へ、一本連絡を入れた。
それから理人が希空にメッセージを送ると、彼女も心弱くなっているのか、すぐに返事をしてくれる。
翌日は理人は休みで、希空は夜勤明けとなる。
翌々日、希空が休みだが、理人は早番で朝一番のフランス行きの便に乗り込む。
「希空。夜勤明けに迎えにいく」
『ダメです、人目があるし……!』
「他人なんか関係ない、君が大事だ」
『じゃあ、家で抱っこして、よしよししてください』
翌日。理人はヨレヨレの希空を玄関で抱きしめる。
風呂に一緒に入り、うとうとしている彼女の体を洗ってやり、ベッドの中で抱きしめる。
「気分はどう?」
「……お姫様みたいです」
むにゃむにゃ言いながら、彼女は半ば眠りの国の住人になっている。
すう、と寝息を立てている希空をいつまでも見つめていた。
フライトを四本こなしたのち、ステイ先のホテルに到着。
早速ミカの電話番号をコールする。運よく連絡を取ることができた。
「希空に無理やり聞き出したら、上司から『雲晴のプッシュで乗客からクレームが入った』と言われたらしい」
携帯に向かって話しているうち、理人の顔が厳しく引き締まっていく。
『はあ?』
ミカが大声を出す。
『……理人。それ、まずいんじゃないの。あんなに丁寧な運転をする人間がいきなり手抜きをするなんて、おかしいよ。考えられない!』
親友も、なにかうす昏い意図を感じざるを得ないと言ってくれた。
『希空を一人にするなよ。俺ができることならなんでも協力する』
「ああ」
ミカとの電話を切る。
次に、飲み会に一緒に参加していた希空の同僚でありリーダーでもある男性へ、状況確認したい旨をメッセージを送る。
返事は早すぎるくらいにきた。
『ようやく腰を上げる気になったんですね!』
文面からは怒りの様子が察せられた。
だが安心できる材料でもある。
希空に味方がいるのだ。
「すまない、後手に回った」
素直に謝罪すれば、リーダーは頼もしい言葉を返してくれる。
『仲間のことですから。ウチは雲晴さんの働きぶりを知ってる奴らばかりなので。あんなデマ、誰も信じてません』
「そうか」
理人はひとまずほっとした。
希空の仕事ぶりを知っているグラハンチームが彼女のことを庇ってくれるのはありがたい。
「君が知っていることを教えてくれないか」
頼めば、リーダーは今までの状況を逐一教えてくれた。
……それは理人が握りしめていたコップに、思わずヒビが入るくらいの酷さだった。
「状況は把握した」
これが対面だったら、希空の同僚を怯えさせたことだろう。
それくらい、理人から発する怒りの波動はものすごかった。
理人は髪をぐしゃぐしゃにしてから、はああと息を吐き出す。
冷静になってからメッセージアプリに書き込む。
「……なぜ、希空のシフトが克明に漏洩しているんだろう」
彼女からもらったシフトに、クレームが発生した便がぴたりと一致する。
「特定するのは至難の技だと思うんだが」
一機の離着陸に関わるグランドハンドリングの仕事は多岐にわたる。
機体を駐機場まで誘導してくれるマーシャルや、タイヤを止めてくれるチョークマン。
少しでも機体の負荷を軽減させる為、外部電力を補う為のコンセントをセットしてくれたり、消費した分の給油をしてくれたり。
荷物やケータリングの搬出、搬入。給水に、機体で発生した汚水の搬出。
機体に客を乗り降りさせるボーディンブリッジの接着離脱だって、グラハンの仕事だ。
そして出発するタクシー場まで機体を連れて行ってくれる、プッシュバック。
「誰がどの仕事をするかって、出勤シフトと同じように前もって決まっているのか?」
『ざっとです。でも、当日の機体や荷物、乗客の数、天候にスタッフの相性とかを総合的に判断して、誰にどの仕事を割り振るか決めてます』
理人は首を捻る。
グラハンの人間にもわからないことを、クレーマーはどうやって把握しているのだろう。
「……そっちのスタッフで、希空のシフトをうちのクルーに流してる人間がいるのかと思ったんだが」
一番その可能性が高い。
怒られるかもしれないが、あえて質問してみる。
相手は閃いた、という意味だろうか。
点灯している電球のスタンプを送ってきた。
『そういえば、シフトを管理してくれてる子の中に、ブランド大好き女子が一人いますね。最近、色々なものを持ち歩いてるなとは思ってたんですけど』
「希空のシフトを流す見返りに、海外限定品を買って渡してる、か」
反吐が出そうになる。
物欲は結構だが、自分の行動が人一人を窮地に追い込んでいることを把握しているのだろうか。
「その人物にさりげなく当たってもらうことは可能だろうか」
『わかりました』
今日はそこまでだった。
「だが、リーダーの彼と話せたことは大きな収穫だったな」
自分やミカだけではなく。
希空のことを大事に思い、守ってくれる人間がいてくれることがわかった。
「感謝する」
しかし、リーダーから送られてきた次のメッセージに、理人の顔が引き締まった。
『ウチには『クレームは雲晴さんが一柳機長と付き合ってることをやっかんでる、CAやGSの捏造じゃないか』って疑っている人間が結構います』
飛行スタッフについて、地上班の中で悪感情を抱き始めている者がいるという。
理人の背がゾワリとする。
『上司からSWANに抗議を入れてもらおうって息巻いている奴も出始めてます。……正直、やばいです』
リーダーの懸念はもっともだ。
飛行班と地上班の軋轢は最悪な場合、事故につながる。
「わかった。心配させてすまなかった」
『お願いします。協力会社とはいえ、所詮俺達は下っ端です。上様に我々が物申すことは難しい』
ぎくりとしたが、リーダーの言葉に嫌味は含まれていない。
卑下ではなく事実として述べているだけだ。
それだけに、理人はかつてミカが呟いていた『好むと好まざるとかかわらず、俺達パイロットはヒエラルキーのトップなんだ』と言う言葉の意味を痛感する。
「俺がなんとかしなければならない」
原因が己ならば、この問題を解決できるのも自分だ。
翌朝。
理人は伊丹発東京空港行きの飛行機の中、操縦桿やスイッチを精密に操作しながら、グラハンのスタッフの中に希空がいないかと目を凝らした。
けれど、希空のいないチームが担当してくれていたらしい。
彼は失望したまま、飛行機から降りた。
コーパイとでデブリーフィングをしたあと、空港に残ってくれていたミカと落ち合った。
理人とミカはパイロット仲間に掛け合って、ミーティングを招集した。
月に数回はパイロットが数名集まって、最近の不具合事象を共有して議論したり、事務的な連絡をしたりする。
発起人が二人ということもあって、予想以上に多くのパイロットが参加してくれた。
ステイ先から動画アプリで参加してくれている操縦士もいる。
「雲晴希空がプッシュするたびにクレームが入ってるそうだ」
乗客からのクレームをCAやGSが直接グラハンに連携していると説明する。
理人がいえば、同席しているパイロットがざわめいた。
『なんのガセ?』
『ありえないでしょ』
『俺達を素通り? おかしくない、それ?』
二人はデスクの下でガッツポーズを作った。
「調査委員会にこれから上申するつもりでいる。何かあったら、逐一データを取っといて、俺かミカに送ってほしい」
『わかった』
複数のパイロットの協力を得られることを確認し、ミーティングは解散となった。
理人は気がせくまま、SWANのハラスメント委員会に出頭し、事案を報告した。
調査をするよう、要求する。
会社は当初、否定的だった。
『単に我が社のスタッフが協力会社のミスを告発しているだけではないか。カスタマーファーストなので、むしろ協力会社はSWANが求めるクオリティーに準じるべきである』と。
理人は抗弁した。
「しかし、標的にされている人物は、常日頃から運行従事者多数からの評価が高い」
理人は他のパイロットに掛け合って、彼女を評価してもらったシートも提出した。
委員会はざっと読むとテーブルの上に投げ置く。
『一柳機長。今は君がSWANオーナーのご子息ということは置いておく。ありていにいうと、機長としての指導ミスではないのか』
部下を統率できず、恋人に幅を利かせた無能者となじられた。
「確かに私の不得のいたすところです、しかし」
理人も一歩も引かなかった。
「今回、たまたま私の婚約者が標的となっているだけだ。ことは、私人同士の諍いの範疇でおさまらない」
協力会社を誹謗する風習を育ててしまうと、軋轢が生じる。
現時点で、すでに飛行機を飛ばすチーム全体にひびが入りかけていることを訴えた。
根負けした形で、会社は渋々希空の過去のシフトで入っていたクレームの追跡聴取を行い、未来のシフトにおいて飛行機に覆面調査員を同乗させることを了承した。
委員会に一礼して部屋を出てきた理人はミカの協力を得て、自分がいない時でも希空を見守ってくれるよう、パイロットや整備班にもそれとなく注意を促した。
「なによりも希空を守らないと。……そうだ」
理人は思いついた場所へ、一本連絡を入れた。
それから理人が希空にメッセージを送ると、彼女も心弱くなっているのか、すぐに返事をしてくれる。
翌日は理人は休みで、希空は夜勤明けとなる。
翌々日、希空が休みだが、理人は早番で朝一番のフランス行きの便に乗り込む。
「希空。夜勤明けに迎えにいく」
『ダメです、人目があるし……!』
「他人なんか関係ない、君が大事だ」
『じゃあ、家で抱っこして、よしよししてください』
翌日。理人はヨレヨレの希空を玄関で抱きしめる。
風呂に一緒に入り、うとうとしている彼女の体を洗ってやり、ベッドの中で抱きしめる。
「気分はどう?」
「……お姫様みたいです」
むにゃむにゃ言いながら、彼女は半ば眠りの国の住人になっている。
すう、と寝息を立てている希空をいつまでも見つめていた。