曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第七話

 ——あの、悪夢のような披露宴から三か月弱。

 一柳(いちやなぎ)希空(のあ)は悲しい目で、衣装部屋と言うには室内を見渡した。

 夫が用意しれてくれた、広すぎる一LDKSのマンションは、憧れのベリが丘に建っている。

 サービスアパートメントと呼ばれる建物で、バイリンガルなコンシェルジュが常駐している。
 二十四時間クリーニングを受け付けており、頼めばリネン類の交換やハウスクリーニングもしてくれる。

 仕事の合間に家事を頑張っているが夫の勧めもあり、月に一度くらいはお願いしてしまう。
 通常の宅配BOXには預かってもらえない冷蔵品や冷凍品も預かってくれるのも嬉しい。

 住民だけが利用できるバールームを恐々と覗いてみたら、大阪に拠点を持つ芸人さんが談笑していたり。
 夫もフィットネスジムでニュースキャスターと顔見知りになったと言っていた。

 ミニシアタールームやコミュニティルームでは、住んでる方による講演会もある。
 ……先週の主催者は、同僚によれば何本もテレビやラジオの番組を持っている有名な方だった。

 ノースエリアにある病院と提携があり、二十四時間電話受付してもらえる。

 家からは、二人の勤務地である空港まで電車で一本と、大変快適だ。

 ……出勤するたび、この高級アパートメントに自分が住んでいるのが場違いな気がしている。

 しかし、たまたまエレベーターで乗り合った方に『お宅様はご主人がパイロットで奥様のあなたはモデルなんでしょう? 素敵ね』と言われて驚いた。

 身長一七〇センチ、バストFカップという体型なので似合う服を見つけられなかったが。

 やぼったかった服はいつしか夫から贈られた洋服に入れ替わってしまっていたが、ファッションに疎い彼女は毎日ハイブランドの身につけていたことに気づいていなかった。

 希空はハイブランドばかりの洋服を一着ずつ取り出しては撫でていく。

 どれもうっとりするほど手触りが良い。
 縫製もしっかりしていて型崩れなどしない。
 そして身につければ、身長が大きすぎて身の置き所がない希空をエレガントな長身美人にさせてしまう、魔法の品々だ。

 ……否。希空は魔法をかけてくれたのは、他ならぬ理人であることを知っている。

『自信を持って。背筋を伸ばした君は、こんなにも美しくてかっこいい』

『希空なら着こなせる』

 服を選んでいる時に彼がくれた言葉の数々も、希空にとっては宝物だ。

「このワンピースは、初めてのデートで理人さんに買ってもらった……」 
 ヘビーローテーションしている、お気に入りの一枚だ。

「こっちのドレスはプロポーズの時に贈られたんだよね。あの時はとっても嬉しかった……」
 それぞれに思い出があり、希空の顔に笑みが浮かぶ。

 宝石箱の中から、爪ほどに大きな緑色のイヤリングを取り出す。

「これが本物のエメラルドだと知った時には震えたよね」

 彼が、おばあさまから『愛する方に差し上げてね』と譲られたものだそうだ。

 国内便だけでなく、国際便も操縦するパイロットの夫は容姿も日本人離れしているが、女性へのストレートな愛の表現も日本人離れしている。
 
 彼にエスコートされていると、自分がどこかの国の王女様にでもなったかのような心地だ。

 二人の休みが奇跡的にあうと、理人は積極的に希空を連れ出してくれる。

 海外で見て面白かった映画や美術展が日本に来ていれば、一緒に誘ってくれる。

 食べに行けば完璧なマナーを披露してくれるので、うっとりしてしまう。
 ソムリエとワイン談義に花を咲かせながら、希空を上手に会話に誘ってくれる。

「能や歌舞伎の楽しみ方もみんな、理人さんから教えてもらった」

 なのに彼は『希空を楽しませて幸せにすることが趣味』と、堂々と宣言する。

「愛してもない妻を大事にしてくれすぎだよ」

 ……服達が訴えてくる幸せな記憶が辛くなってきた希空は、寝室のほうに移動した。

 希空はベッドサイドの照明を撫でる。
 質の良い家具は、夫と二人で相談しながららひとつひとつ買い求めた物達。

「あの頃が一番楽しかったな……」

 素晴らしい家。プレゼントを欠かさない、イケメンで誠実で、エリートパイロットの夫。

 ひとからは、羨ましがられる。
 誰にも、希空が本当は夫から愛されていないことを話せない。

 ピリリ。
 アラームがわりの携帯が鳴り、弾かれたように希空は時計を見る。

「いけない……!」

 今日はベリが丘のツインタワーで夫の会社主催のレセプションがある。
 理人とともに参加するのだ。

「支度しなくちゃ」

 この日のために夫があつらえてくれたドレスに着替えなければならないのに。
  希空は慌てて衣装部屋に戻った。
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