曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
終章 奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう
希空が理人をコシャリにさそった当日。
彼女は二日連続休みだが、あいにく理人は休日の次の日が早番だったので、レストランには昼飯を食べに行くことになった。
「コシャリに誘うってことは、上達したベリーダンスをみせてくれるのかな」
理人と一緒に新居のマンションから出てきたあたりで話しかけられた。
希空は眉をハの字に下げる。
「そんなにうまくないの」
どうしよう。
踊って誘惑して。あなたを愛した女がいたことを覚えていてほしい、という企画だった。
今になって後悔しまくっているのだが、実はショーの踊り子をさせてほしいと店に申し入れてあるのだ。
理人と和解して、その必要がない今。たまらなく恥ずかしい。
気のせいかウキウキしている夫に反して、希空はトボトボとエジプシャンレストラン『コシャリ』に向かう。
緊張のあまり食事の味がしない。
だが約束は約束だ。
時間になると、希空は理人にお手洗いに行くと告げて席を立った。
店の裏口から入れてもらい、大急ぎでメイクをして衣装をつける。
舞台袖から見ていると、店内の照明がふっと落とされた。
異国情緒豊かな音楽が流れてきたら、いよいよだ。
ここまできたら、逃げるわけにはいかない。希空は深く息を吸う。
次の音と一緒に下手側から彼女は舞台に躍り出た。
わ、と歓声が沸く。
『女でよかった』
ベリーダンスを観て、初めてそう思えた。
希空はあの時の感動を、今日の客も感じてくれればいいと願う。
『あなたは女性であるだけでセクシーなのよ』
『あなたの高い背も、豊かな胸も長い手足も。うまく使えれば、とんでもなく優雅なの』
いつも講師が言ってくれる言葉を思い出しながら、体をダラブッカ(太鼓)の音に任せる。
ウキウキするリズムに、次第に体が自然とノっていく。
目では、堕としたい男を探す……いない。
と、上手側から男のダンサーが二人出てきた。
揃いの黒いハーレムパンツ。
頭をやはり黒いスカーフですっぽり覆い、目だけ出している。
一人は金のヒップスカーフと、アサヤと呼ばれる金色の杖。
もう一人は銀のヒップスカーフと杖を持っている。
上半身はなにもつけていない.
二人とも長身で筋肉のついた美しく均整の取れた体つきをしており、店内から熱い歓声が起こる。
ここで固まってはいけない。
気を取り直して希空は、緊張していたが唇の端をあげた。
メイクのおかげでアダっぽく見えてほしい。
希空は銀のダンサーに目を吸い寄せられた。
彼に向かって妖艶に微笑む。
すると金のダンサーが割り込んできた。
希空が客席に背中を向けて、金のダンサーへ腰を『邪魔しないで』とばかり突き出す。
すると、彼がバランスを崩されたようなコミカルな踊りを踊って舞台袖へ消えて行くので、軽く笑いがおこる。
残った銀のダンサーと舞台で向き合って踊る。
希空は目を見張った。
同じリズム、同じ振り付けなのに男と女ではこうも違うのかと思う。
希空がなまめかしく艶やかに踊って女性である喜びを告げれば、銀の男は歩幅を大きく取って腰や腕をセクシーに動かし、男であることを力強く訴えてくる。
客もわかるのだろう、足踏みや手拍子などしまくって、大盛り上がりだ。
ダラブッカが聞こえにくい。
希空が片手を腰に当てて、唇の前にもう片方の指を立てて『静かに』と客席にジェスチャーすれば、期せずして銀のダンサーも同じ仕草をしている。
彼がステッキをくるくると回転させる時は、後に下がって腰を上下させてリズムを刻む。
希空の見せ場に来ると、銀の男は後ろでピッタリと寄り添ってジルと呼ばれるフィンガーシンバルを鳴らして盛り上げる。
再び向き合い、希空が髪を腕で持ち上げ胸を波打たせる。
男も愛おしくてたまらない、といった笑みを口元にたたえて、腰をシェイクさせヒップスカーフのコインをしゃらしゃらと鳴らす。
ダンサーの、スカーフの隙間から見える目からは、疑いようもなく希空への愛が溢れていた。
その視線はとても親しんできたもの。
私の気持ちも彼に伝わればいい、と希空は思いを双眸に込めた。
やがて、ダラブッカと男のジルが情熱的に場を盛り上げ、曲が終わった。
指笛とヤンヤの大喝采だ。
希空は、舞台袖で銀のダンサーの胸に飛び込んだ。
控えていた金のダンサーが青い双眸に笑いを滲ませながら、銀の男をこづいた後にノリノリで舞台に出ていく。
「希空」
男の激しく上下する胸にぴたりと寄り添う。
「理人……さん」
希空も呼吸が乱れていて、苦しい。けれど、どうしても告げたい。
「愛しているの。私も理人さんじゃなきゃ嫌なの」
「俺も愛している」
店内からのアンコールも気にせず、二人は抱き合ったまま互いの唇を重ねていた。
二人がそっと店主に見送られて裏口から出て行った後。
ようやく舞台袖に引っ込んできた金のダンサーは、店主からもらったグラスを一気に干した。
「理人、希空。今度こそおめでとう。……俺もあんないい女、探したいなぁ」
二人は店の裏口につけてあったタクシーで衣装のまま帰った。
……理人はスカーフを取り、顔にはサングラス。コートのボタンを上から下まではめている。
彼は自分が外したスカーフを希空の頭からすっぽりかけて、大事そうに己の胸に抱きしめ、運転手からも隠していた。
エレベーターがくるのももどかしい。
「俺達、不審人物だな」
エレベーターの中で、理人が希空を抱え込んだまま、嬉しそうに話しかけてくる。
希空は無言で大好きで愛している夫に抱きついたままだ。
「希空?」
夫にどうしたのかと訊ねられても答えられない。
口を開けたら最後、「抱いて」と場所もわきまえずに叫んでしまいそうなのだ。
理人はじっと希空を見つめていたが、彼女がひたすら頭をぐりぐりと押しつけてくるのに何事か感じ取ったようで、やはり無言になった。
エレベーターがこんなに遅く感じたことはない。
希空と理人は早く自分達の住んでいるフロアに到着してほしいと、ただそれだけを願っていた。
ドアが開いた途端、理人は希空を抱えたまま、歩き出し。
二人の部屋のドアを開けて鍵をしたのが最後の理性だった。
唇を重ね貪りあいながら互いの衣装を剥ぎ取る。
理人が希空の太ももの合間を探れば、彼女の秘密の谷間は既に準備ができていた。
「挿れるよ」
夫が掠れた声でつげれば妻も囁く。
「来て」
繋がった瞬間、二人とも果てた。
二人はしばらく荒い息をやり過ごすため、しばし抱き合ったままだった。
どちらともなく笑い出す。
「……まいったな、人生最速だった」
理人は愛おしそうにちゅ、ちゅと妻の髪にキスを落とす。
「それだけ、私が魅力的ってことでしょ? すごく嬉しいな」
希空ははにかんだ。
しかし妻から妖艶に微笑みかけられた理人の、喉がゴクリと鳴った。
「今日、会って一年だな」
「覚えてた?
「もちろん」
彼は希空に挿したまま、彼女を抱き上げて寝室まで運んでいく。
「あ、ぅうん、大っきい。なんで?」
運ばれていきながら、希空は身悶えた。
「なんでって……。そりゃ、奥様が色っぽいからに決まってる」
上下に揺すぶられて、希空は理人にしがみつきながら、たえきれずに鳴く。
絡み合いながら二人はベッドに倒れ込んだ。
「……多分。シーツが色々なもので汚れそうだけど……、よろしく」
まとわりついていた衣装を互いから剥ぎ取り、放りながら理人がつぶやく。
明日、希空は休みなのだが理人は早番なのだ。
しまったなあと希空は思った。
残念だが、理人が寝不足にならないように切り上げないと。
彼女は自分にのしかかっている夫を見上げながら、にこりと微笑んだ。
「……ん……、任せて」
なにが悪かったのか。夫が獰猛な笑みを向けてきた。
「余裕だな。決めた、希空を明日起きられないくらいに抱き潰す」
理人は希空をくの字に折り曲げると、性急に腰を動かした。
「だめっ、洗濯するんだからぁ……ん」
希空が悦びの声をあげる。
夫婦の寝室は長らくベッドの軋む音や女の柔らかい声、男が妻の名前を呼ぶ声がしていた。
翌朝、始発もまだない時刻。
スッキリした表情の理人はベッドで気絶するように寝入った妻に掛布をかけて、部屋をそっと出た。
ベッドサイドのチェストには、メモと一緒にエアチケットが置いてある。
『希空へ。新婚旅行に出かけるから、三ヶ月後に少なくとも二週間以上の連続休暇を取るように。君を愛してやまない夫より』
Fin.
彼女は二日連続休みだが、あいにく理人は休日の次の日が早番だったので、レストランには昼飯を食べに行くことになった。
「コシャリに誘うってことは、上達したベリーダンスをみせてくれるのかな」
理人と一緒に新居のマンションから出てきたあたりで話しかけられた。
希空は眉をハの字に下げる。
「そんなにうまくないの」
どうしよう。
踊って誘惑して。あなたを愛した女がいたことを覚えていてほしい、という企画だった。
今になって後悔しまくっているのだが、実はショーの踊り子をさせてほしいと店に申し入れてあるのだ。
理人と和解して、その必要がない今。たまらなく恥ずかしい。
気のせいかウキウキしている夫に反して、希空はトボトボとエジプシャンレストラン『コシャリ』に向かう。
緊張のあまり食事の味がしない。
だが約束は約束だ。
時間になると、希空は理人にお手洗いに行くと告げて席を立った。
店の裏口から入れてもらい、大急ぎでメイクをして衣装をつける。
舞台袖から見ていると、店内の照明がふっと落とされた。
異国情緒豊かな音楽が流れてきたら、いよいよだ。
ここまできたら、逃げるわけにはいかない。希空は深く息を吸う。
次の音と一緒に下手側から彼女は舞台に躍り出た。
わ、と歓声が沸く。
『女でよかった』
ベリーダンスを観て、初めてそう思えた。
希空はあの時の感動を、今日の客も感じてくれればいいと願う。
『あなたは女性であるだけでセクシーなのよ』
『あなたの高い背も、豊かな胸も長い手足も。うまく使えれば、とんでもなく優雅なの』
いつも講師が言ってくれる言葉を思い出しながら、体をダラブッカ(太鼓)の音に任せる。
ウキウキするリズムに、次第に体が自然とノっていく。
目では、堕としたい男を探す……いない。
と、上手側から男のダンサーが二人出てきた。
揃いの黒いハーレムパンツ。
頭をやはり黒いスカーフですっぽり覆い、目だけ出している。
一人は金のヒップスカーフと、アサヤと呼ばれる金色の杖。
もう一人は銀のヒップスカーフと杖を持っている。
上半身はなにもつけていない.
二人とも長身で筋肉のついた美しく均整の取れた体つきをしており、店内から熱い歓声が起こる。
ここで固まってはいけない。
気を取り直して希空は、緊張していたが唇の端をあげた。
メイクのおかげでアダっぽく見えてほしい。
希空は銀のダンサーに目を吸い寄せられた。
彼に向かって妖艶に微笑む。
すると金のダンサーが割り込んできた。
希空が客席に背中を向けて、金のダンサーへ腰を『邪魔しないで』とばかり突き出す。
すると、彼がバランスを崩されたようなコミカルな踊りを踊って舞台袖へ消えて行くので、軽く笑いがおこる。
残った銀のダンサーと舞台で向き合って踊る。
希空は目を見張った。
同じリズム、同じ振り付けなのに男と女ではこうも違うのかと思う。
希空がなまめかしく艶やかに踊って女性である喜びを告げれば、銀の男は歩幅を大きく取って腰や腕をセクシーに動かし、男であることを力強く訴えてくる。
客もわかるのだろう、足踏みや手拍子などしまくって、大盛り上がりだ。
ダラブッカが聞こえにくい。
希空が片手を腰に当てて、唇の前にもう片方の指を立てて『静かに』と客席にジェスチャーすれば、期せずして銀のダンサーも同じ仕草をしている。
彼がステッキをくるくると回転させる時は、後に下がって腰を上下させてリズムを刻む。
希空の見せ場に来ると、銀の男は後ろでピッタリと寄り添ってジルと呼ばれるフィンガーシンバルを鳴らして盛り上げる。
再び向き合い、希空が髪を腕で持ち上げ胸を波打たせる。
男も愛おしくてたまらない、といった笑みを口元にたたえて、腰をシェイクさせヒップスカーフのコインをしゃらしゃらと鳴らす。
ダンサーの、スカーフの隙間から見える目からは、疑いようもなく希空への愛が溢れていた。
その視線はとても親しんできたもの。
私の気持ちも彼に伝わればいい、と希空は思いを双眸に込めた。
やがて、ダラブッカと男のジルが情熱的に場を盛り上げ、曲が終わった。
指笛とヤンヤの大喝采だ。
希空は、舞台袖で銀のダンサーの胸に飛び込んだ。
控えていた金のダンサーが青い双眸に笑いを滲ませながら、銀の男をこづいた後にノリノリで舞台に出ていく。
「希空」
男の激しく上下する胸にぴたりと寄り添う。
「理人……さん」
希空も呼吸が乱れていて、苦しい。けれど、どうしても告げたい。
「愛しているの。私も理人さんじゃなきゃ嫌なの」
「俺も愛している」
店内からのアンコールも気にせず、二人は抱き合ったまま互いの唇を重ねていた。
二人がそっと店主に見送られて裏口から出て行った後。
ようやく舞台袖に引っ込んできた金のダンサーは、店主からもらったグラスを一気に干した。
「理人、希空。今度こそおめでとう。……俺もあんないい女、探したいなぁ」
二人は店の裏口につけてあったタクシーで衣装のまま帰った。
……理人はスカーフを取り、顔にはサングラス。コートのボタンを上から下まではめている。
彼は自分が外したスカーフを希空の頭からすっぽりかけて、大事そうに己の胸に抱きしめ、運転手からも隠していた。
エレベーターがくるのももどかしい。
「俺達、不審人物だな」
エレベーターの中で、理人が希空を抱え込んだまま、嬉しそうに話しかけてくる。
希空は無言で大好きで愛している夫に抱きついたままだ。
「希空?」
夫にどうしたのかと訊ねられても答えられない。
口を開けたら最後、「抱いて」と場所もわきまえずに叫んでしまいそうなのだ。
理人はじっと希空を見つめていたが、彼女がひたすら頭をぐりぐりと押しつけてくるのに何事か感じ取ったようで、やはり無言になった。
エレベーターがこんなに遅く感じたことはない。
希空と理人は早く自分達の住んでいるフロアに到着してほしいと、ただそれだけを願っていた。
ドアが開いた途端、理人は希空を抱えたまま、歩き出し。
二人の部屋のドアを開けて鍵をしたのが最後の理性だった。
唇を重ね貪りあいながら互いの衣装を剥ぎ取る。
理人が希空の太ももの合間を探れば、彼女の秘密の谷間は既に準備ができていた。
「挿れるよ」
夫が掠れた声でつげれば妻も囁く。
「来て」
繋がった瞬間、二人とも果てた。
二人はしばらく荒い息をやり過ごすため、しばし抱き合ったままだった。
どちらともなく笑い出す。
「……まいったな、人生最速だった」
理人は愛おしそうにちゅ、ちゅと妻の髪にキスを落とす。
「それだけ、私が魅力的ってことでしょ? すごく嬉しいな」
希空ははにかんだ。
しかし妻から妖艶に微笑みかけられた理人の、喉がゴクリと鳴った。
「今日、会って一年だな」
「覚えてた?
「もちろん」
彼は希空に挿したまま、彼女を抱き上げて寝室まで運んでいく。
「あ、ぅうん、大っきい。なんで?」
運ばれていきながら、希空は身悶えた。
「なんでって……。そりゃ、奥様が色っぽいからに決まってる」
上下に揺すぶられて、希空は理人にしがみつきながら、たえきれずに鳴く。
絡み合いながら二人はベッドに倒れ込んだ。
「……多分。シーツが色々なもので汚れそうだけど……、よろしく」
まとわりついていた衣装を互いから剥ぎ取り、放りながら理人がつぶやく。
明日、希空は休みなのだが理人は早番なのだ。
しまったなあと希空は思った。
残念だが、理人が寝不足にならないように切り上げないと。
彼女は自分にのしかかっている夫を見上げながら、にこりと微笑んだ。
「……ん……、任せて」
なにが悪かったのか。夫が獰猛な笑みを向けてきた。
「余裕だな。決めた、希空を明日起きられないくらいに抱き潰す」
理人は希空をくの字に折り曲げると、性急に腰を動かした。
「だめっ、洗濯するんだからぁ……ん」
希空が悦びの声をあげる。
夫婦の寝室は長らくベッドの軋む音や女の柔らかい声、男が妻の名前を呼ぶ声がしていた。
翌朝、始発もまだない時刻。
スッキリした表情の理人はベッドで気絶するように寝入った妻に掛布をかけて、部屋をそっと出た。
ベッドサイドのチェストには、メモと一緒にエアチケットが置いてある。
『希空へ。新婚旅行に出かけるから、三ヶ月後に少なくとも二週間以上の連続休暇を取るように。君を愛してやまない夫より』
Fin.