曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第二章 情熱を分ち合う

第一話 —理人SIDE—

 ロンドン・ヒースロー空港を定刻に出発した、ロンドン発東京行きSW〇四二便は、巡航高度に達した。
 操縦室内にほっとした空気が流れ、ミカが理人に話しかけてきた。

「なあ、理人?」

 今回のローテーションでは、CAP職分はミカ、COP職分は理人である。

「あの飲み会から二ヶ月経ったけど。希空と進んでる?」

 コーヒーを飲もうとしかけていた理人は危うく吹きそうになった。

「一目惚れだろ?」
 さらに爆弾を落としてくる親友に、理人は観念した。
「……ああ」

 理人は、希空のトーイング技術に彼女と知り合う前から感心していた。
 
 プッシュする機体の重さや長さは言うに及ばず。
 押していくまでのスポットの距離であるとか、機体が回り切るのに何度の角度が必要であるとか。
 滑走路の長さや幅、駐機場(エプロン)からタクシー場までの距離、それにコンディションなどが頭に入っていないとできない。

 理人もタキシングに神経を集中させているからわかる。
 全てはキャビン内の乗客のため。
 そして機体のために細やかな気を配ってくれている『雲晴希空』に会って話してみたかった。

 しかし、男性だとばかり思い込んでいた希空が女性で、理人は雷に近い衝撃を受けた。
 彼は希空の一挙手一投足から目が離せなくなった。

 おそらく一目惚れだったと思う。
 なのに、彼女ときたら理人やミカのほうを見ようともしない。

 自分もミカも、見た目がいいらしいから職業を知らなくても囲まれる。
 職業を知られると、なおさら食いついてくる女性ばかりだったので、新鮮だった。

 ……もちろん、気がないフリをして男性の関心を誘おうとする女子がいることも、知ってはいる。
 だが、猫背になり人目にできるだけ触れたくないという様子を見てしまえば、希空はそんなタイプではないと確信する。

 皆の話が白熱して行くうち、背筋が伸びていく彼女に気づく。
 整備の仕事の話をあんなに目をキラキラにさせて聞くとは思わなかった。
 グラハンの同僚が負けじと話す経験談をメモを取らんばかりの勢いで聞き入る様子は、仕事に真剣な様子が見てとれて、好ましく微笑ましくすらあった。

 己の仕事ぶりを褒められた時の、はにかみつつ仕事にプライドを持っている様子は、愛らしいのにとても格好よかった。

 この(ひと)が好きだ。
 恋心が大きく膨れ上がっていき、独占欲になっていく。

 男どもが彼女をみるのが気に食わない。

 彼女の連絡先を、ほかの男に教えたくない。 だが、俺が聞いたら野郎どもが右に倣えをしてくる。だったら、聞かない。
 ……あとで必ず二人きりになって、絶対に連絡先をゲットしてみせる。そんな痩せ我慢をしてしまった。

 ミカに非難される。

「希空のことをガン見してるのにアプローチしないから、痺れを切らして俺が連絡先交換しようって言ったんだけど?」

「……気を遣ってくれたのか」

 親友も希空を狙っているのかと勘繰ってしまった。

「希空から「お前とデートした」って報告がないんだけど?」

 理人がギョッとする。
 ミカはくすりと笑った。

「希空には、お前と一緒のフライトのことを教えてあげてるだけ。あと、一柳機長がどれだけ浮気なんかしない律儀な男かって報告をね」

「……彼女の気持ちがわからないんだ」

 自分としては精一杯気持ちを伝えているつもりだが、希空からははぐらかされている。

「俺に気がないのかも」

 理人は気弱な言葉を吐いた。
 モテる自覚はあるが、自分では起用な男ではないと思っている。

「理人は飛行機バカだもんな」
「……ああ」

 親友のいう通りだ。

 子供の頃。
 見上げた夜空のなか、満月のそばを通りすぎる旅客機を見たのが人生を決定づけた。

 学生の頃はパイロットになるための勉強や体つくりをしたり、航空無線通信士から始まり事業用操縦士など、取れるだけ資格取得に励んだ。

 SWANに入社してパイロット候補生になってからは、早く機長になりたいから、女性と出かけるよりも飛行機のことや空のことを勉強していたかった。

 ミカが思慮深く呟く。

「俺の経験則になるけど。女性は二通りのタイプがある。パイロットに口説かれて有頂天になる女性と、揶揄われているのかと警戒してしまう女性と」

「……希空は後者だと」

 確かに、パイロットが同席していると知った反応は喜んでいるよりは、緊張していたようだった。

「希空も言ってたろ、俺達のことを『タカネノハナ』だと」 

 ミカはあの後、どんな意味かと調べたのだという。

「俺は、空港にいるどんな職種のスタッフでも飛行機を飛ばすための仲間だと思っている」

 それは理人の信念である。
 わかるよ、とミカが同意してくれた。

「でも、それって俺達(パイロット)からしたらでさ。よくも悪くも、ヒエラルキーのトップなんだよ、俺達は」

 ミカの言葉は寂しく思うが事実なのだ、希空にとっても自分にとっても。

「希空がパイロットも整備も尊敬してくれているのはわかる。けど、雲の上の人(パイロット)から口説かれても、どうしていいのかわからないんじゃないのかな」  

 ミカの言葉を理人なりに咀嚼する。
 自分だって、パイロット候補生の時から尊敬していたレジェンド機長から話しかけられたら緊張する。
 それに自分がグラハンで、希空が機長。立場が逆だったら、声をかけられただろうか。

「……そういうことか」

 理人は、希空の怯えを理解できた気がした。
 だが。

「それでも俺は。彼女に気持ちを伝えるしかできない」

『身分違い』だからと、自分の腕の中に飛び込んでこない希空を、このまま逃すことはできない。

「いいんじゃないの、それで。希空へ、『自分はエリートパイロットから惚れられる価値のある女だ』って納得できるようになるまで口説いてやれよ」

 ミカの言葉に理人はうなずいた。
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