曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第三話 ショッピングモールで魔法にかけられる

 小春日和の十一月一日。
 初めてのデートは飲み会が行われたベリが丘になった。

 希空と理人の家は、空港を挟んで真反対。
 ベリが丘は、二人の家を底辺とした三角形のてっぺんだ。

 駅で落ち合った今日の彼は、ステンカラーの中はざっくりしたセーターとジーンズというカジュアルな装いで、髪もラフだ。
 しかし高い身長や男らしいのに端正な顔立ち、それに立ち姿の美しさがあいまって、通行する女性達の視線を釘つけにしている。

 対する希空はというと、キルティング地のコートの下は、やはりダボっとしたワンピース。

 ……センスよく、と頑張ったのだが、どうしても胸が邪魔をして上手くいかなかった。
 伸縮性のいいカットソーを来てみたけれど、あまりに胸が強調されてすぎて、すぐ脱いだ。
 胸を抑えるという非常手段もあるが、途中で苦しくなる。

 みっともないかもしれないが、せっかくの理人とのデートなのだ、楽しい気持ちで過ごしたかった。

 けれど、彼を見て大失敗だったと悟る。

 こんなことなら、LLサイズショップに駆け込んで、店員さんにアドバイスして貰えばよかった! 
 ……後悔しながら近づいていくと、さりげなく全身をチェックされた気がする。
 スコップを買ってきて、穴を掘って埋まりたい。

 しかし、彼のリアクションは予想外だった。

「なんで、俺とのことを内緒するんだ?」

 キョトンとした希空へ、さらに理人が質問してくる。

「整備の奴からもデートに誘われた? ……まさか、ミカと?」

 ようやく希空はメッセージの頬を膨らませたスタンプの意味がわかった。
 ブンブンと首を大きく横に振った。

「なら、なんで」

 拗ねたような表情が可愛い。しかし、彼の誤解を解かねば。

「誰にも誘われてないです!」

 必死に否定する。
 整備班とグラハンガールズの合コンはリーダーが取りまとめしているらしいし、希空には話すらこない。

 第一、仕事でクタクタだ。
 彼女の気晴らしは空港で働く車と離着陸を繰り返す飛行機を見ること。
 そこに、理人やミカとメッセージを送り合うことが加わった。
 十分すぎて、ほかの要素が入らない。

「……と、いうのは冗談。君がそんな器用な女性だとは思っていない。ただ、いずれは公にするつもりだから、覚悟しておいてくれ」

「それってどういう……」

 もしかして、自分の予想している通りなんだろうか。
 そんなことがあり得るのだろうか。

 腰に手を添えられる。
 自分が男性に、しかもパイロットにエスコートされているなんて、なにかの間違いだ。
 希空は理人の側でない手で、こっそりほっぺたをつねった。

「痛い」
 思わず呟いてしまったら、聞こえてしまったらしい。

「なにをやってるの」

 聞いてきながら理人は希空の手をとる。
 そちらこそ、なにをするんですか。
 注視している希空の目を見つめながら、彼女の手にキスをする。

「きゃっ」
 悲鳴と同時に飛び上がってしまった。

「夢と勘違いされては困るから」

 バレてる。
 ぐい、と抱き寄せられた。彼の体に密着する。
 近い、近すぎる。

 にっこりと微笑まれて、見惚れた。

「さ、行こうか。……と言ってもノープランなんだ。すまない、土地勘がなくて」

 謝られた。 

「いえ、私のリクエストなのに。私こそなにも考えてなくて、すみません」

 どこがいいか思いつかず、咄嗟に『ベリが丘がいいです』と指定してしまったのは希空である。

「ブラブラ歩いて、気になったところを冷やかそう」 

 まずはお茶をしよう、とショッピングモールにある喫茶店に入った。
 コーヒーの匂いが薫る店内は平日の午前中のせいか閑散としているが、落ち着く雰囲気だ。

 メニューを見たら、コーヒーだけではなく紅茶も美味しそうだった。
 希空は大きな丼のカフェオレ。理人はポットティーを頼む。
 クッキーとナッツがそれぞれついてきた。

「なんで希空は猫背なんだろうと考えていた」

 ほっと一息ついたところで投げかけられた理人の言葉に、希空の体がぎくりとこわばる。

「仕事の話をしている時の君はぴんと背筋を伸ばして、かっこよかったのに」

「……猫背になってること、気づいてませんでした」

 ただ、言われて思い当たる節はあった。

 希空は目を伏せて、ボソボソ呟く。
 自分がまた猫背になっていることに彼女は気づかない。

「今の会社に入る前。大学を卒業してからの一年間、商社で営業事務として勤めていたんです」

 希空の身長はヒールを履かなくても一七〇センチある。
 そのため、背の低い同僚達や上司から、『見上げて肩が凝る』『偉そう』『たいした仕事をしていないのに大きく育ったね』など、始終嫌味を言われていた。

 その会社では事務職の女性は制服着用が義務づけられていたが、希空が着たらスカートは、膝より二〇センチも丈が短くなった。

 総務に大きなサイズを要求したが『ない』と断られた。
 窮屈な制服で過ごさざるをえなかったが、味方であるはずの女性からは眉をひそめられ、男性からはいやらしい目で眺められる日々が続く。

 それが嫌でパンツスーツで出勤しだしたら、『営業』として何度か男だらけの飲み会に強制参加させられた。
 それは、聞くに耐えない猥談や社内の女性の肉体に対しての品評会だった。

「……情けない理由なんですけれど、耐えきれなくてやめました」

「そんな会社は即刻潰してやりたいね」

 怒りを滲ませた口調に、希空は顔を上げた。
 慰めるように頬をそっと撫でてくれ、にこりと優しい笑みを向けてくれた。

「そんなクズで下衆な会社はやめて正解だった。今の会社は大丈夫?」
 聞かれて即答した。
「居心地がいいです」

 今の会社は出勤服も自由だし、制服はあるが作業服だ。
 女性は三割ほどだがママさんハンドラーも多く、自分の生活スタイルにあった職務をこなしている。

「空港は実力社会だからね」
「はい」

 荷物は重くて腰が辛い。
 時間に追われて、ミスは許されない。
 暑い日も寒い日も。
 雨だろうが吹きさらしだろうが、外にいる。大変だから労られるが、性差別ではない。

「……今の会社に勤めてから、ようやく息ができるような気がします」
 顔をあげて、きっぱりと言い切る。

「そうか」 
 理人が微笑んでくれて、希空も笑みを変えそうとした、が。

「だとしたら、もう猫背になる必要はない」
 
 彼は逃してくれる気はないようだ。
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